「或る日突然」「誰もいない海」、そして札幌オリンピックの「虹と雪のバラード」。
1969年にデビューしたトワ・エ・モワの歌声は、当時をリアルタイムで知らない世代にも届き続けています。
ただ、デュオとしての活動はわずか4年半で終わりました。1973年に解散したあと、あの2人はどうなったのか。トワエモアの現在を調べてみると、解散したままで終わってはいなかったことが分かります。
・トワエモアの現在の活動状況と、2026年のコンサート予定
・白鳥英美子さんと芥川澄夫さんが今それぞれ何をしているか
・24年の空白をはさんで再結成に至った経緯
トワエモアの現在は2人そろって現役|再結成したまま歌い続けている
トワエモアの現在について、まず結論からお伝えします。
トワ・エ・モワは1973年に解散しましたが、1997年に再結成しています。そして解散状態に戻ることなく、現在まで2人でのコンサート活動を続けています。
ここでは、現在の活動形態・2026年の出演予定・メンバー2人それぞれの近況を順番に整理していきます。
トワエモアの現在は「再結成したまま」コンサート活動を継続中
トワエモアの現在をひとことで言えば、現役のデュオです。
1997年の再結成以降、白鳥英美子さんと芥川澄夫さんは「トワ・エ・モワ」名義での活動を止めていません。全国のホールでコンサートを行い、CDのリリースも続けています。
ここが誤解されやすいところです。1973年の解散があまりに有名なため、「解散した昭和のデュオ」という印象のまま止まっている方が多いのですが、実際には解散していた期間より再結成後の期間のほうがはるかに長くなっています。
デュオとして活動していたのは1969年から1973年までの約4年半。対して再結成した1997年から現在までは、すでに30年近くにおよびます。トワエモアの現在は、キャリアの大部分を占める「後半戦」のただ中にあるということです。
2026年もトワエモア名義のコンサート出演が組まれている
トワエモアの現在の活動が続いていることは、コンサートの予定を見れば分かります。
白鳥英美子さんの公式サイトで告知されている2026年の出演予定には、トワエモア名義のものが複数含まれています。
- 2026年5月8日/市川市文化会館 大ホール
- 2026年6月2日/昭和女子大学 人見記念講堂
- 2026年6月14日/須坂文化会館 メセナホール 大ホール
いずれも千人規模を超えるホールです。単発の同窓会的イベントではなく、年間を通してスケジュールが組まれている状態だと分かります。
また、コンサートのタイトルには「白鳥英美子withトワエモワ」という形が使われることもあります。白鳥英美子さんのソロと、トワ・エ・モワとしての持ち歌を1つの公演で聴かせる構成です。「虹と雪のバラード」「誰もいない海」といった代表曲に加え、「旅立ちの日に」や「アメイジング・グレース」などが並びます。
白鳥英美子の現在|ソロ歌手として第一線に立ち続けている
トワエモアの現在を語るうえで欠かせないのが、白鳥英美子さんのソロ活動です。
白鳥英美子さんは1950年3月16日生まれ。トワ・エ・モワのデビュー当時は山室英美子という名前で、白鳥は結婚後の姓です。
解散後はソロシンガーへ転じ、透明感のある歌声を武器にジャンルを越えた仕事を重ねてきました。テレビアニメ『楽しいムーミン一家』の主題歌、ゲーム『ファイナルファンタジーIX』のテーマ曲「Melodies Of Life」などは、トワ・エ・モワを知らない世代がまず耳にする白鳥英美子さんの歌声です。
近年もその流れは途切れていません。2025年には『ファイナルファンタジーIX』25周年を記念したアナログレコードが発売され、同年8月にはデビュー55周年を記念したベストアルバム『白鳥英美子ベスト~ミュージック・オブ・ファンタジー』がリリースされています。
2026年8月9日には「ムーミンの日」のスペシャルイベントへの出演も予定されています。トワ・エ・モワとしての顔と、ムーミンやFFの歌声としての顔を、どちらも現役で持ち続けているのが白鳥英美子さんの現在です。
芥川澄夫の現在|音楽プロデューサーとして後進を育てている
もう一方の芥川澄夫さんの現在は、歌う側と作る側の両方にまたがっています。
芥川澄夫さんは1948年1月30日生まれ、愛媛県西条市の出身です。愛媛県立西条高校を卒業後に作曲家へ弟子入りし、渡辺プロダクションに入社。ライブハウスでの下積みを経てトワ・エ・モワのデビューに至りました。
解散後に選んだのは、裏方の道でした。東芝EMIを経て、1984年にはレコード会社「ファンハウス」の設立に参加し、岡村孝子さんなどのアーティストを手がけています。歌手からプロデューサーへの転身を、解散後の早い段階で成し遂げていたことになります。
1998年からはフリーの音楽プロデューサーとなり、「芥川澄夫ミュージックハウス」を主宰。ボイストレーニングを含めた新人育成に力を入れていると紹介されています。
つまり芥川澄夫さんの現在は、トワ・エ・モワのステージに立ちながら、平時は後進を育てる立場にあるという二本立てです。テレビでの露出が白鳥英美子さんに比べて少ないのは、活動の重心が裏方側にあるためだと考えられます。
トワエモアの現在の年齢は白鳥英美子が76歳、芥川澄夫が78歳
2026年8月時点でのトワエモアの現在の年齢を整理しておきます。
| メンバー | 生年月日 | 2026年8月時点の年齢 |
|---|---|---|
| 白鳥英美子 | 1950年3月16日 | 76歳 |
| 芥川澄夫 | 1948年1月30日 | 78歳 |
2人は2歳違いです。デビューした1969年時点では、白鳥英美子さんが19歳、芥川澄夫さんが21歳という若さでした。
その年齢でホール公演のスケジュールを年間で組んでいるという事実が、トワエモアの現在をいちばん端的に表しています。
テレビで見かけないのは活動をやめたからではない
「トワエモア 現在」と検索されるのは、多くの場合テレビで姿を見なくなったからです。
ただし、これは活動をやめたことを意味しません。2人の活動の中心がコンサートホールとCDのリリースにあり、バラエティ番組やドラマといった露出の多い場に出ていないというだけです。
実際、テレビ出演がまったくないわけでもありません。2025年2月1日放送の『徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー』には2人そろって出演しています。ただ、こうした歌謡番組は放送枠が限られ、視聴習慣がなければ気づかずに過ぎてしまいます。
見かけないという体感と、活動していないという事実はイコールではありません。トワエモアの現在に関しては、この差がとりわけ大きいといえます。
トワエモアの現在に至るまで|デビューから解散、24年の空白と再結成
トワエモアの現在を理解するには、そこに至るまでの流れを押さえておく必要があります。
4年半で解散したデュオが、なぜ24年後に再び組むことになったのか。ここではデビューから再結成までの経緯を順番にたどります。
1968年末、渡辺晋の提案でデュオが結成された
トワ・エ・モワの始まりは1968年末です。
当時、山室英美子さん(現・白鳥英美子さん)と芥川澄夫さんは、東京・西銀座のミュージックスポット「メイツ」でそれぞれ別に音楽活動をしていました。この2人を組ませることを提案したのが、渡辺プロダクション創業者の渡辺晋さんです。
もともと1つのグループだった2人が売れたわけではなく、事務所の判断で結び付けられたデュオだったという点は、のちの解散や再結成を考えるうえで押さえておきたい事実です。
グループ名の「トワ・エ・モワ」はフランス語で「あなたと私」を意味します。
1969年「或る日突然」でデビューし、一気にヒットへ
デビューは1969年5月10日。デビュー曲「或る日突然」がいきなり大ヒットしました。
男女デュオの落ち着いたハーモニーは、当時のグループサウンズ全盛の空気の中でむしろ新鮮に響きました。翌1970年には「空よ」「誰もいない海」を発表し、いずれも代表曲となっています。
1971年には「愛の泉」を発売し、同年のNHK紅白歌合戦に初出場を果たしました。デビューから2年半での紅白出場です。
1972年「虹と雪のバラード」が札幌オリンピックのテーマソングに
トワ・エ・モワの名前を決定的にしたのが「虹と雪のバラード」です。
1972年に開催された札幌オリンピックのテーマソングとして歌われ、アジア初の冬季五輪の記憶とセットで残る1曲になりました。
この曲は複数の歌手にカバーされていますが、五輪本番で歌ったのがトワ・エ・モワだったことから、原曲の歌い手として今も名前が挙がります。トワエモアの現在のコンサートでも、外せない定番曲です。
1973年、フェアウェルコンサートを最後に解散
頂点を極めた翌年、トワ・エ・モワは解散を選びます。
1973年6月、郵便貯金ホールで開かれたフェアウェルコンサートが最後のステージとなりました。デビューから数えて4年余りでの解散です。
紅白出場から2年、五輪テーマソングから1年というタイミングでの解散は、当時としても唐突に映るものでした。この短さこそが、のちに「あの2人は今どうしているのか」という関心が長く続いた理由でもあります。
解散後の24年間、2人はそれぞれ別の道を歩んだ
解散から再結成までの24年間、2人が同じ場所にいることはありませんでした。
白鳥英美子さんはソロシンガーとして活動を再開し、歌い手としてのキャリアを続けます。一方の芥川澄夫さんは音楽プロデューサーへ転じ、レコード会社の側で他のアーティストを育てる立場に回りました。
歌う人と作る人。同じ音楽の世界にいながら、役割はきれいに分かれていきます。
この24年があったからこそ、再結成後のトワ・エ・モワは単なる懐メロの再演にとどまらず、新曲を作り続ける形になったとも考えられます。
1997年『思い出のメロディー』での共演が再結成のきっかけ
転機は1997年8月に訪れました。
NHKの音楽番組『思い出のメロディー』に2人がそろって出演したことが、再結成の直接のきっかけになっています。
そして1998年、長野オリンピックの記念イベントへの出演を機に、本格的な活動再開へと進みました。札幌五輪のテーマソングを歌ったデュオが、26年後の長野五輪で活動を再開したという流れです。
この巡り合わせは偶然にしては出来すぎていますが、トワ・エ・モワにとってオリンピックが2度の節目になったことは間違いありません。
2011年、38年ぶりのオリジナルアルバムを発売
再結成後のトワ・エ・モワは、過去の曲を歌うだけの活動にはなりませんでした。
2003年から2008年にかけてはユニバーサルミュージックからフォークソングのカバーアルバムを発表。そして2011年には、キングレコードから38年ぶりとなるオリジナルアルバム『ブーケ・ド・フルール』をリリースしています。
2015年にはオリジナルアルバム『タイム・フォー・アス』、2016年以降もシングル「欅ストリート」など、音源の発表を継続してきました。
解散していた期間より長い年月をかけて、新しい持ち歌を積み上げている。これがトワエモアの現在を支えている土台です。
「夫婦だと思われていた」2人が長年困っていたこと
トワエモアの現在を検索する人がもう1つ気にしているのが、2人の関係です。
結論から言えば、白鳥英美子さんと芥川澄夫さんは夫婦ではありません。あくまで音楽上のパートナーです。
ただ、この誤解は当時からかなり根深いものでした。2025年2月1日放送の『徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー』では、2人が「ずっと夫婦と思われていた」「否定しても週刊誌に『あの2人は怪しい』と書き立てられて困った」と振り返っています。
グループ名がフランス語で「あなたと私」であること、男女2人組であること、しっとりとしたラブソングを歌っていたこと。誤解の材料はそろっていました。
なお、白鳥英美子さんには娘の白鳥マイカさんがおり、シンガーソングライターとして活動しています。2026年10月3日に予定されている白鳥英美子さんのコンサートには、スペシャルゲストとして芥川澄夫さんと白鳥マイカさんの両方が名を連ねています。かつて夫婦と噂された相手と、実の娘が同じステージに立つという構図です。
まとめ|トワエモアの現在は「解散した過去」ではなく続いている今
トワエモアの現在について分かったことを整理します。
- 1973年に解散したが1997年に再結成し、現在も2人でコンサート活動を続けている
- 2026年も5月・6月にトワエモア名義のホール公演が組まれている
- 白鳥英美子さんはソロでも現役。ムーミンやFFの歌声として知られ、2025年に55周年ベストを発売
- 芥川澄夫さんは音楽プロデューサーとして「芥川澄夫ミュージックハウス」を主宰し、新人を育てている
- 2026年8月時点の年齢は白鳥英美子さんが76歳、芥川澄夫さんが78歳
- 2人は夫婦ではなく、当時から続く誤解に長年悩まされてきた
デュオとして活動した4年半より、再結成してからの年月のほうがすでに長くなっています。テレビで見かけないというだけで、トワ・エ・モワは終わった存在ではありません。
気になる方は、白鳥英美子さんの公式サイトでコンサート情報を確認してみてください。トワエモアの現在は、客席から確かめられるところにあります。


