バウンディ(Vaundy)さんの出身地や学歴が気になっている方は多いのではないでしょうか。
実はバウンディさん、大学1年生のときに「東京フラッシュ」1曲で一夜にしてブレイクを果たしているんですよね。それでも出身地は非公表と思っている方もいますが、実はいくつかのインタビューからかなり多くのことが判明しています。
幼少期の「工作少年」時代から始まった音楽への道のり、「帰国子女では?」「ハーフでは?」という長年の疑問の答えまで、この記事でまとめて解説します。
・バウンディの出身地・出身校(中学・高校・大学)の詳細
・帰国子女・ハーフ説の真相と本名・芸名の由来
・母親はジャズシンガー!バウンディの家族構成と生い立ち
バウンディの出身は東京!学歴・生い立ちと音楽への道
バウンディさんの出身地や学歴、音楽を始めるまでの生い立ちについてまとめました。
出身地は東京都・郁文館中学・高校に進学
バウンディさんの出身地は東京都です。
東京生まれ東京育ちで、実家も都内にありますが、具体的な区や町の情報は公表されていません。
本人も2022年12月2日の「音楽ナタリー」のインタビューで「生まれも育ちも東京です。『東京っぽくない』って言われるんですけど(笑)」と語っており、東京出身であることは確認されています。
中学と高校は、東京都文京区にある私立の郁文館中学校・郁文館高校へ進んだと考えられています。
郁文館高校の概要と偏差値・著名な卒業生
郁文館高校は1889年創立の伝統ある私立高校で、中高一貫教育を行っています。
| コース | 偏差値 |
|---|---|
| 東大 | 62 |
| E特進 | 57 |
| 特進 | 55 |
| 進学 | 52 |
バウンディさんがどのコースに在籍していたかは不明ですが、コースによって偏差値の幅があります。
卒業生には関口メンディーさん(EXILE)、山崎怜奈さん(乃木坂46)、栗田貫一さん(モノマネタレント)など、エンタメ業界で活躍する著名人が多く名を連ねており、バウンディさんはその中でも特に注目される存在です。
バウンディさんはこの郁文館中学・高校で音楽の基礎を固め、のちに日本を代表するアーティストへと成長しました。
大学は日本大学芸術学部デザイン学科
高校卒業後、バウンディさんは日本大学芸術学部デザイン学科に進学しました。
俗に「日芸」と呼ばれるこの学部は、偏差値50前後ながら芸術分野では難関として知られており、現役での合格は非常に評価されます。
もともと多摩美術大学への進学という情報が一部で流れていましたが、後にSNSの情報などから日本大学芸術学部デザイン学科であることが確認されています。
バウンディさん自身も2019年6月のツイッターで「あ、僕デザイン学科生です」と自ら公表しており、その後、同大学の同級生によるSNS投稿でも確認されました。
大学ではデッサンを中心にデザインを学んでいます。
デッサンについてはこんな考えを語っています。「最初は真似をして構造を理解する必要があるんです。手より目を使うんです。それで、触ってどんなカーブなんだろうとか、ここの影はどんなふうに光が差しているんだろうとか。」これはデッサンが音楽制作にも通じる「観察力」と「再現力」のトレーニングだと感じたからだとか。
……面白いですよね、音楽と絵が同じ感覚で結びついているなんて。
音楽だけじゃなく、アートワークのデザインや映像制作まで自分でこなせる理由が、大学での学びにもあるんだと思います。
卒業は2023年3月で、翌2024年4月には日本大学芸術学部出身者の中で最も活躍した人物に贈られる第18回日藝賞を受賞しました。
「デザイン×音楽」という異色の組み合わせが、バウンディさんのマルチアーティストとしての土台を作っていたんですね。
小学生の頃から歌手を夢見た工作少年
バウンディさんの生い立ちを振り返ると、子供の頃からすでに「もの作り」への情熱が突出していたことがわかります。
家には常に音楽が流れていました。というのも、母親がジャズバンドのボーカルをしており、自宅の雰囲気が自然と音楽に包まれていたから。バウンディさん自身も「音楽を好きになったきっかけは、生まれた頃の自分に聞かないとわからない」と語っており、音楽との関わりは物心つく前から始まっていたようです。
おもちゃについても独自のエピソードがあります。
「小さい頃からもの作りが好きでした。子供の頃には家に段ボールなどの廃材が置いてある部屋があって、そこから材料を持ってきては自分でおもちゃを作って遊んでいました」と話しており、ゲーム機を小学4年生ぐらいまで持っていなかった分、欲しいものは自分で作るという精神が自然と育まれたようです。
なんか、いいですよね。「欲しいなら作れ」という環境が、今のクリエイターとしてのDNAになったわけで。
仮面ライダーの変身ベルトや剣、任天堂DSまで段ボールで作っていたというから驚きですよ。
カラオケも好きで、小さい頃からよく歌を歌っていたとのこと。家族で出かけるカラオケで歌うと、みんなが褒めてくれた。その「褒められる喜び」が肥大化していったのが、今のバウンディさんに繋がっているそうです。
親がパソコンを子供の頃から触らせてくれたことも大きく、音楽制作でもデジタルツールを活用する下地ができていました。
小学生のバウンディさんはすでに「将来は歌手になる」と周囲に宣言しており、その夢は最短距離で実現することになります。
中学時代から曲作りを開始した生い立ち
中学に進学したバウンディさんは、帰宅部として自由な時間を音楽制作に充てていました。
中学3年生の頃からはボカロの「歌い手」として活動を開始。ボカロPが作った新曲を素早く歌ってYouTubeなどにアップするスタイルで、当時から「いかに早く歌えるか」を意識していたとのこと。
「有名ではなかったんですけど。歌い手って、いろんなボカロPさんが作った新曲をいちはやく歌ってアップするかが大事で」と語っており、歌い手時代の経験がのちのDTM(デスクトップミュージック)への足がかりになっていきます。
中学時代には外でもギターを持ち歩いていたようで、後年のファンが「中学の頃から友達と会う時だったり、外に出る時は99%ギター持って外で弾いてました」と証言しています。それほど音楽が生活の一部になっていたんですね。
芸名「Vaundy」の由来はこの中学時代に
「Vaundy(バウンディ)」というアーティスト名の由来も中学時代に遡ります。
健康診断のときにすれ違おうとした人とぶつかって壁に跳ね返ったことから、友人たちに「バウンドボール(のようだ)」とあだ名で呼ばれるようになりました。
そこから「Bound(バウンド)」の最初の「B」を「V」に変えて「Vaundy(バウンディ)」という芸名が誕生したのです。
偶然の「ぶつかり事故」がアーティスト名の由来になっていたとは、なんとも個性的なエピソードです。
中学時代の歌い手経験と自主的な音楽制作が、Vaundyというアーティストの原型を作り上げていました。
高校時代は軽音部と音楽塾ヴォイスで腕を磨く
高校に入ったバウンディさんは軽音楽部に所属。ただ、バンドを組むというよりは「ソロで友達と楽しんでいた感じ」だったそうです。
「バンドじゃなくソロで友達と楽しんでいた感じなんですけど。その時に、邦ロックに触れてバンドサウンドの曲を作るようになりました」と語っており、バンドサウンドの曲作りに目覚めたのがこの頃。
上の先輩と1度だけバンドを組んだそうですが、これが最初で最後のバンド経験になったとのこと。
そして高校2年生の夏(2017年7月ごろ)に、音楽活動のターニングポイントとなる出来事が訪れます。
音楽塾ヴォイスへの入塾で視野が一気に広がる
東京・麻布十番にある音楽塾「ヴォイス東京校」への入塾です。
音楽塾ヴォイスは福岡市に本校を持ち、東京校を展開する音楽専門の塾で、YUIさん、絢香さん、家入レオさんといった実力派アーティストを輩出したことで知られています。
バウンディさんが入塾を決意した理由がとても率直です。
「当時音楽をやるにしても、何をやるにしても、自分のレベルが低すぎると感じていたので、習わなきゃいけない時期が来たのかなと感じていました。現状の音楽に満足できず、もっと上の、クリエイティブな音楽をやりたいなと思って入塾しました」
ヴォイスに通い始めてからの変化は大きく、「リズムで曲を作れるようになったし、曲をジャンルで見れるようになった」と視野が一気に広がったと言います。
ギターのテクニックについても「入った当時より全然うまくなったし、やることによって作る曲もテクニック的になってきた」と手応えを感じていたようです。
また同時期に、美術系大学受験のためにデザイン・デッサンの勉強も始めており、「音楽はデザイン的じゃないといけない」という自分なりの哲学も固まっていきました。
軽音部での活動と音楽塾ヴォイスでのレッスンという「二刀流」が、バウンディさんの音楽センスを爆発的に磨いた高校時代でした。
大学在学中に「東京フラッシュ」でブレイクした経歴
日本大学芸術学部デザイン学科に入学したバウンディさんは、大学1年生だった2019年の春ごろからYouTubeへの楽曲投稿を開始します。
2019年6月に初めてオリジナル楽曲「pain」を自身のYouTubeチャンネル「Vaundy」に公開し、音楽活動をスタート。
そして同年9月末に公開した「東京フラッシュ」がSNSで一気に拡散し、まさに「一夜にして有名人」という形でブレイクします。
「東京フラッシュ」はJ-WAVEが有望な新人に贈る「ソナートラックス」を獲得し、大学1年生でのブレイクという異例の経歴が注目を集めました。
大学と音楽活動を並行させる生活はかなりハードで、本人もツイッターで「取れてると思った単位が落とされていたためもう卒業したくなくなってきました」とつぶやくほど。それでも諦めることなく学業と音楽を両立させました。
2020年には1stアルバム「strobo」をリリース。
同年、SpotifyのCMソング「不可幸力」が全国地上波で流れ、一気に知名度が全国区に。さらに世界的ポップスターのLAUVからオファーを受け、グローバルリミックスアルバムへの参加も果たしています。
「大学1年生でブレイク」という異例の経歴は、それまでの中学・高校・音楽塾での積み重ねがあってこそのものだったと言えます。
日藝賞受賞・紅白初出場まで歩んだ道のり
ブレイク後のバウンディさんの歩みは、驚くべきスピードでの大躍進の連続です。
| 時期 | 主な出来事 |
|---|---|
| 2019年9月 | 「東京フラッシュ」リリース・ブレイク |
| 2020年5月 | 1stアルバム「strobo」リリース |
| 2020年 | Spotify「Early Noise 2020」選出 |
| 2021年 | 「不可幸力」がSpotify CMソングに |
| 2021年 | 日テレ「バズリズム02」で地上波初出演 |
| 2022年9月 | 初の日本武道館公演2days開催 |
| 2022年12月 | NHK紅白歌合戦に初出場 |
| 2023年3月 | 日本大学卒業 |
| 2023年11月 | 2ndアルバム「replica」(全35曲)リリース |
| 2024年3月 | 映画ドラえもん主題歌「タイムパラドックス」担当 |
| 2024年4月 | 第18回日藝賞受賞 |
特筆すべきは2022年の日本武道館公演です。2daysという形で初めて武道館の舞台に立ち、チケットは即日完売。同年の紅白歌合戦では「怪獣の花唄」と、milet・Aimer・幾田りらとコラボした「おもかげ」を披露し、初出場にして強烈な印象を残しました。
2024年には大学の卒業生の中で最も活躍した人物に贈られる「日藝賞」を受賞するという快挙も達成。大学との縁もきちんと続いているわけで、学業と音楽を両立した努力が評価された形です。
複数の楽曲がストリーミング再生1億回以上を記録するなど、令和の音楽シーンを代表するアーティストとしての地位を確立しています。
東京出身の工作少年が、学歴と音楽の二刀流で令和を代表するアーティストへと駆け上がった、まさに令和版サクセスストーリーです。
バウンディの出身を調べる人向けの関連情報
出身地や学歴以外にも、バウンディさんについて気になることはたくさんあります。本名や帰国子女説、芸名の由来、家族のことをまとめました。
帰国子女やハーフは事実?本名とあわせて解説
バウンディさんの独特な雰囲気や「Vaundy」というアーティスト名から、「帰国子女では?」「ハーフでは?」という声が長年ありました。
しかし帰国子女でもなく、ハーフでもないことが本人の発言で明確になっています。
2022年12月の「音楽ナタリー」インタビューでは「生まれも育ちも東京です。『東京っぽくない』って言われるんですけど(笑)」と明言。小学生の頃はジブリ作品が好き、中学ではアニメイベントへ行くなど、日本育ちであることを示すエピソードも豊富です。
ハーフについても、別のインタビューでバウンディさんは「日本語の延長であって、日本人の延長で『俺ら(の音楽)面白れぇだろ、サムライだぞ』と言って音楽をやるのがいいな」と語っており、日本人としてのアイデンティティに強いこだわりがあることがわかります。
英語については「”英語、しゃべれそうだね”とよく言われるんですけど…全然ダメで」と本人が明かしています。楽曲の発音や雰囲気から英語堪能に聞こえるのでしょうが、これは音楽的な表現力からくるものでしょう。
本名は一切公表されていません。デビュー以来、一貫して非公開のままです。身長・体重・血液型なども公表しておらず、プライバシーに対する姿勢は徹底しています。
バウンディさんは生粋の東京出身・日本人であり、帰国子女・ハーフ説はいずれも事実とは異なります。
芸名「Vaundy」の由来はバウンドボール
バウンディさんの芸名「Vaundy(バウンディ)」の由来は、中学時代のあだ名にあります。
健康診断のとき、すれ違おうとした人とぶつかって壁に跳ね返ってしまった出来事がきっかけ。その様子を見た友人たちが「バウンドボールみたい」とあだ名をつけたことが始まりです。
そのあだ名「バウンドボール」をそのまま使うのではなく、「Bound(バウンド)」の先頭の「B」を「V」に変えて「Vaundy」というアーティスト名が完成。
なんと読み方も「バウンディ」のまま(Vaundyの場合、本来の英語発音とは異なります)。
友人のあだ名がそのままアーティスト名になるというのも、バウンディさんらしいユニークな経緯ですよね。
「Vaundy」という表記から外国人アーティストのように見えることがあるのも、この独自の名前の由来からくるもの。日本語の感覚で作られた芸名なんです。
「バウンドボール」→「Bound」→「Vaundy」という、中学時代のハプニングから生まれた芸名が、世界に通用するアーティスト名になりました。
母親はジャズバンドのボーカル・家族構成を紹介
バウンディさんの家族構成は父・母・本人・妹の4人家族です。
2022年12月の「音楽ナタリー」インタビューで語っています。「母がジャズやハワイアンをクラブで歌っていたり、母方のおじいちゃんもジャズをやっていたりっていうのはあったんですけど、どちらもプロとかではなかったし、その影響というよりは、僕自身がもともともの作りが大好きで」。
母親はプロの歌手ではありませんが、ジャズバンドのボーカルとしてクラブで歌い、自宅では常に音楽を流していました。その環境が幼少期のバウンディさんに音楽を身近なものとして植えつけた、大きな要因のひとつと言えます。
また2021年のフジロック出演後、本人がツイッターで「母も喜んでました」と投稿しており、音楽活動を応援していることがわかります。
楽曲「僕は今日も」には「母さんが言ってたんだ『お前は才能があるから芸術家にでもなりな』」という歌詞があり、母親がいち早く才能を見出していたことが伝わってきます。
父親については詳細情報が公表されていません。楽曲「僕は今日も」には「父さんが言ってたんだ『お前は親不孝だから一人で生きていきなさい』」という歌詞も登場しますが、これが実体験に基づくものかどうかは本人が明言していません。
妹のイラスト才能と兄妹エピソード
妹についてはバウンディさんのX(旧Twitter)投稿から存在が確認されています。
2022年6月6日の誕生日に「妹が描いた絵 毎年こういうのが家中に貼られます」と投稿し、妹さんの絵を公開。フォロワーから「妹さんうますぎる」「芸術一家!」といった絶賛コメントが相次ぎました。
バウンディさん自身も絵が得意なことで知られており、楽曲「走馬灯」のジャケットデザインも自身が描いたもの。その兄妹そろってのアート系の才能が話題になっています。
プレゼント交換をしているエピソードもあり、兄妹仲は良好のようです。
ジャズと音楽に包まれた家庭環境と、絵の才能がある妹の存在も、バウンディさんのアーティスト性に少なからず影響を与えているようです。
影響を受けたアーティストと音楽スタイルの形成
バウンディさんの音楽スタイルがどのように形成されたかは、影響を受けたアーティストや音楽との出会いを見ると見えてきます。
もともと日本のアニメソングやボカロ楽曲が好きだったバウンディさん。中学時代はボカロの「歌い手」として活動し、DTMでの音楽制作に親しんでいました。
高校時代に音楽塾ヴォイスに通い始めてからは洋楽を聞くようになり、音楽観が大きく変化。さらに邦ロックにも触れてバンドサウンドの曲を作り始めます。
本人が影響を受けたアーティストとして名前を挙げているのは、Suchmos・Nulbarich・サカナクションといった日本のアーティストたち。いずれもジャンルの枠にとらわれないサウンドを持つバンド・アーティストです。
アニメソング→ボカロ→邦ロック→洋楽→ジャズ(母親の影響)という多様な音楽体験が積み重なり、特定のジャンルに縛られない独自のサウンドが生まれました。
バウンディさん自身は「音楽はデザイン的じゃないといけない」という哲学を持っており、日芸でデザインを学んだ視点が音楽制作にも活かされています。
作詞・作曲・アレンジに加え、アートワークのデザインや映像プロデュースまで自分でこなす「完全セルフプロデュース」のスタイルは、音楽とアートを一体のものとして捉えるこの哲学から生まれたものと言えるでしょう。
アニメ・ボカロ・邦ロック・洋楽・ジャズという多様な音楽体験と、デザイン学科での学びが融合して生まれたのが、バウンディさんの唯一無二の音楽スタイルです。
バウンディの出身のまとめ
- バウンディ(Vaundy)の出身地は東京都
- 本名は非公表、身長・血液型なども公表していない
- 出身中学は郁文館中学校(有力)、出身高校は郁文館高校(東京都文京区の私立校)
- 大学は日本大学芸術学部デザイン学科を2023年3月に卒業
- 2024年4月に日本大学の第18回日藝賞を受賞
- 帰国子女でもハーフでもない生粋の東京生まれ・東京育ち
- 芸名「Vaundy(バウンディ)」の由来は中学時代のあだ名「バウンドボール」から
- 「Bound」の「B」を「V」に変えてVaundyとした
- 家族構成は父・母・本人・妹の4人家族
- 母親はジャズバンドのボーカル(プロではない)として活動していた
- 母方の祖父もジャズをしており、音楽的な環境に育った
- 妹も絵のセンスが高く、芸術一家として知られる
- 小学生の頃から「俺は歌手になる」と公言していた
- 中学時代はボカロの歌い手として活動し、DTMに親しんだ
- 高校2年生から音楽塾ヴォイス東京校に通い音楽的飛躍を遂げた
- 大学1年生の2019年に「東京フラッシュ」でデビューし一躍ブレイク
- Suchmos・Nulbarich・サカナクションなどから影響を受けた


