飯尾和樹の実家と金持ち説の真相!5歳まで風呂なしアパートで銭湯通いだった

飯尾和樹の実家と金持ち説の真相!5歳まで風呂なしアパートで銭湯通いだった

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飯尾和樹さんの実家が「金持ち」という噂、実は意外な真相があります。

世田谷区出身というイメージから「お金持ちの家庭で育ったのでは?」と思われがちですが、実態はかなり違っていました。

5歳まで風呂なしアパートで銭湯通いだったというのですから、驚きですよね。

この記事を読むとわかること
・飯尾和樹の実家が金持ちかどうかの真相(両親の職業や幼少期エピソード)
・「金持ち」と思われる理由と嫁の実家「はやし製麺所」との関係
・学歴・若い頃のキャリア・年収・結婚情報まとめ

飯尾和樹の実家が金持ちか真相と家族生い立ち

ずん・飯尾和樹さんの実家が「金持ち」と言われる噂の真相、気になりますよね。

ここでは、実家の家庭環境から両親の職業、幼少期のエピソードまで、詳しくご紹介します。

実家は金持ちではなく普通の公務員家庭

結論からお伝えすると、飯尾和樹さんの実家は「金持ち」ではなく、ごく普通の共働き公務員家庭でした。

「世田谷区出身」と聞くと、なんとなくお金持ちのイメージを抱く方も多いと思います。

芸能人が多く住んでいることで知られ、高級住宅街のイメージが根強いエリアですから、それも無理はないですよね。

でも、飯尾さんの育ち方は、そのイメージとはだいぶ違っていたようですよ。

飯尾和樹さんのご両親は、父親も母親もともに目黒区役所に勤務する公務員でした。

共働きでしっかり働く、堅実で真面目な家庭です。

「金持ち」というよりも「安定した家庭」という表現が正確ではないでしょうか。

実際、飯尾さん本人も幼少期のエピソードを語る際、豪邸やセレブな生活の話は一切出てきません。

むしろ逆で、かなり庶民的な暮らしぶりだったことが、各媒体でのインタビューや番組内での発言からもわかります。

世田谷区出身というブランドイメージと、飯尾さんのほんわかした笑顔・人柄が合わさって、「きっと裕福な家庭で育ったんだろう」と勝手に想像されやすい面もあるかもしれませんね。

ただ実態としては、共働き公務員家庭という、ごく一般的な家庭で育った芸人さんです。

幼少期は風呂なしアパートで銭湯通い

飯尾和樹さんが生まれた直後は、東京都目黒区祐天寺の六畳二間のアパートで暮らしていました。

しかもそのアパートにはお風呂がなく、家族みんなで近所の銭湯に通っていたというエピソードが残っています。

昭和の時代には風呂なしアパートも珍しくはなかったとはいえ、今の「世田谷 = 金持ち」のイメージとはずいぶん違いますよね。

その後、飯尾さんが5歳になったとき、父親が一大決心をしてマイホームを購入。

一家は東京都世田谷区の下馬というエリアへ引っ越します。

両親がともに公務員で、通勤のしやすさを優先してそのエリアを選んだと言われています。

ここで注目したいのが「世田谷区下馬」という場所の当時の実態です。

現在(2025年)の世田谷区下馬の地価は約87万円/m²(坪単価約288万円)と、都内でもかなりの高額エリアになっています。

でも飯尾さんが幼少期を過ごした1970年代後半〜1980年代前半は、地価がまだかなり低く、庶民的な住宅地だったそうです。

年度 地価(円/m²)目安 備考
1975年頃 約10万円 飯尾さん幼少期
1985年頃 約30万円 バブル前
1990年頃 約60万円 バブルピーク
2025年 約87万円 現在

今でこそ高級エリアの印象ですが、当時の下馬は決してお金持ちが集まるエリアではなかったということです。

……知ると、ちょっとイメージが変わりますよね。

父親は目黒区役所勤務の穏やかな人物

飯尾和樹さんのお父さんは、目黒区役所の社会福祉課に勤務していた公務員でした。

飯尾さん本人がテレビや各媒体で語っているところによると、お父さんは「いつもニコニコしていて、とても穏やかな人」だったそうです。

母親に怒られているときでも、こっそり守ってくれるような、やさしいお父さんだったとか。

…なんか、目に浮かびますよね。

飯尾さんのあのほんわかした雰囲気は、お父さんから受け継いだものかもしれません。

父親が芸人の道を後押しした

飯尾さんが高校生のとき、推薦で大学に進学できるという話が持ち上がりました。

でもその直前になって「やっぱりお笑いがやりたい」という気持ちが抑えられなくなり、両親に打ち明けます。

お母さんは反対したそうです。

それはそうですよね、安定した公務員や会社員の道を蹴って芸人になると言われたら。

ところがお父さんの反応は違いました。

「まあ、いいんじゃないか」と一言。

……最高じゃないですか、このエピソード。

この父親の一言が、飯尾和樹さんの芸人人生の始まりだったとも言えます。

穏やかで自由な雰囲気を大切にするお父さんの姿勢が、飯尾さんの「失敗を恐れず笑いを追いかける」精神につながっているのかもしれません。

母親も公務員で品川の蒟蒻屋の娘

お父さんだけでなく、お母さんも目黒区役所に勤務していた公務員でした。

飯尾さん家族が一般的な共働き家庭だったことがよくわかります。

お母さんのルーツをたどると、品川で長く続いていた蒟蒻屋(こんにゃく屋)の娘さんだったそうです。

こちらはなかなか珍しいバックグラウンドですよね。

お父さんとは対照的に、飯尾さんが何か問題を起こしたときにはビシッと怒る、しっかり者のお母さんだったようです。

実際、飯尾さんが「うるせえ、ババア!」と言ったとき、お母さんに丸めた新聞紙でボコボコに叩かれたというエピソードが残っています。

……そりゃそうですよね(笑)。

お父さんがふんわりとした人だったからこそ、お母さんのしっかりした一面が家族の支えになっていたのかもしれません。

ちなみに飯尾さんが現在、番組などで見せる料理上手なキャラクターも、お母さんが共働きで忙しかった家庭環境が背景にあります。

飯尾さんは小学2年生のときからサンドウィッチを作り始め、徐々にガスを使った料理も覚えていったそうです。

「ガス検定」なる家庭内ルールまで作られていたというのが、なんとも飯尾家らしいエピソードで微笑ましいですよね。

「金持ち」と思われがちな2つの理由

では、なぜ飯尾和樹さんの実家が「金持ち」と言われるようになったのでしょうか。

主な理由は2つ考えられます。

理由①:世田谷区出身というブランドイメージ

先ほどもお伝えしたように、「世田谷区 = 高級住宅街」というイメージは現代人に強く根づいています。

芸能人が多く住んでいることで知られ、閑静な住宅街のニュースを見るたびに、世田谷区 = お金持ちのイメージが強化されている面もあります。

飯尾さんが「世田谷区下馬出身」と語ると、「ああ、やっぱり育ちがいいのかな」と連想する人が増えるのも、ある意味自然な流れかもしれません。

世田谷区下馬は当時は庶民的なエリアだった

ただし実際は、飯尾さんが育った1970〜80年代の下馬は今とは比べものにならないほど地価が安く、庶民的な住宅地でした。

目黒区役所に勤務する公務員夫婦がマイホームを購入できたことからも、その当時の下馬が「高級エリア」ではなかったことがよくわかります。

理由②:現在の飯尾さんの活躍ぶり

現在の飯尾さんはレギュラー番組も多く、ドラマ、CM、ナレーションと幅広く活躍しています。

推定年収は1億円とも言われるほど。

そんな成功した芸人さんを見ていると、「もともと裕福な家庭で育ったんだろう」と逆算する人もいるのかもしれません。

ただ実際は、裕福な環境ではなく庶民的な公務員家庭からコツコツと這い上がってきた芸人さんです。

むしろその苦労があったからこそ、現在の飯尾さんの人柄の温かさや、視聴者への共感力が育まれたのかもしれませんよね。

嫁の実家はやし製麺所が金持ち説の真相

「飯尾和樹 実家 金持ち」で検索する方の中には、もうひとつの「金持ち」説を耳にしている方もいるかもしれません。

それが「嫁の実家が金持ち」説です。

飯尾さんの奥さんである林宏美さんの実家は、東京都品川区にある「はやし製麺所」です。

中華麺や餃子の皮などを製造している製麺所で、テレビ番組でも紹介されたことのある地域の人気店です。

特に人気バラエティ番組「モヤモヤさまぁ〜ず2」で取り上げられたとき、製麺所のオーナーが「飯尾さんは義弟になります」と明かして話題になりました。

しかもはやし製麺所の留守番電話に、飯尾さんの声が入っているというほほえましいエピソードも。

製麺業ですから決してお金持ちの「富豪」というわけではないと思いますが、地域に根ざした人気店を営む家庭ということで、実家金持ち説につながった面もあるかもしれません。

つまり「飯尾和樹の実家が金持ち」という噂の真相は、飯尾さん本人の実家ではなく、奥さんの実家が製麺所を経営しているという話が混同された可能性が高いです。

飯尾和樹の実家と金持ちを調べる人向け情報

飯尾和樹さんの実家・金持ち情報に関連して、学歴や若い頃のキャリア、嫁・林宏美さんとの結婚エピソードなども気になりますよね。

ここからは関連情報をまとめてご紹介します。

学歴は東京学園高校で大学は進学せず

飯尾和樹さんの学歴をまとめると、以下のようになります。

学校 学校名
小学校 世田谷区立駒繁小学校
中学校 世田谷区立三宿中学校
高校 私立東京学園高校(偏差値42)
大学 進学せず

すべて世田谷区内の学校に通っており、地元密着型の学校生活を送っていたことがわかります。

高校の東京学園高校は東京都目黒区にあった私立の男子校で、偏差値は42ほど。

2018年に一度閉校になり、現在はドルトン東京学園という学校として新たなスタートを切っています。

飯尾さんの同校出身者には、ダンサーの真島茂樹さんやお笑い芸人の品川祐さん(中退)などがいます。

なお、飯尾さんは3人きょうだいの長男で、3歳年下の妹さんと6歳年下の弟さんがいます。

兄弟たちのプロフィールについてはほとんど公表されておらず、プライベートを大切にされているようです。

推薦進学を断り芸人の道へ

高校在学中には推薦で大学に進学できる話もあったといいます。

当時はバブル時代。

サラリーマンの過労死がニュースになっており、両親のように定時に帰れる公務員になりたいと考えていた時期もあったそうです。

しかし推薦の話が具体的になったタイミングで「やっぱりお笑いがやりたい」という気持ちが抑えられなくなり、大学進学を断念します。

高校卒業後は大学に進まず、そのままお笑い芸人の道へと進んでいます。

学歴だけ見れば決してエリートではありませんが、その分早くから芸人としてのキャリアを積み始められた、という見方もできますよね。

若い頃のキャリアは苦労の連続

飯尾さんの若い頃のキャリアは、決して順風満帆ではありませんでした。

高校卒業後はお笑い芸人になる方法がわからず、まずは小さな劇団に3ヶ月ほど所属します。

その後はフリーターをしながら芸人の道を模索していました。

1990年、21歳のときにアルバイト先の先輩から浅井企画の連絡先を入手。

「何かやらしてください!」と飛び込みで電話し、対応した常務に「返事がいいな」と気に入られて所属を決めたというエピソードが残っています。

なんか好きですよね、そういう「意外な入り口」の話。

コンビ遍歴と40歳でのバイト生活

その後の飯尾さんのコンビ遍歴は以下のとおりです。

時期 コンビ名・活動 備考
1991年 チャマーず結成 小学校時代の友人と
1992年 チャマーず解散 翌年解散
1992年 La.おかき結成 ツッコミ担当
1997年 La.おかき解散 相方の申し出
1997〜2000年 ピン活動 アルバイト生活
2000年 ずん結成 やすさんと

「ずん」結成後は事務所の先輩のお陰で「笑っていいとも!」のレギュラーにもなり、仕事が徐々に軌道に乗り始めます。

しかし2007年頃、40歳のとき、仕事が減って家賃が払えなくなり、清掃のアルバイトを始めたという衝撃エピソードが残っています。

……40歳でバイト生活、これはきつかったでしょうね。

でも清掃バイトを始めてわずか3ヶ月後に再び仕事が入るようになり、そこから現在の人気へとつながっていきます。

今では推定年収1億円とも言われる飯尾さんですが、その裏には地道な苦労の時代があったわけです。

年収1億円説?現在の収入を調査

飯尾和樹さんの年収については、さまざまなメディアで「推定1億円」という声が上がっています。

もちろん公式に発表されているわけではないので、あくまで推定ではあります。

ただ、現在の飯尾さんの活躍ぶりを見ていると、それくらいの収入があっても不思議ではないですよね。

主な収入源としては、以下のようなものが考えられます。

  • テレビのレギュラー番組出演料(複数本のレギュラーあり)
  • ドラマへの出演料
  • CM・ナレーション料
  • フジテレビ「ノンストップ!」ほか情報番組への出演
  • 書籍(料理レシピ本など)の印税

特に「ノンストップ!」の料理コーナー「ワリカツ!〜おトクな割引生活〜」は人気コーナーとして定着しており、そのキャラクターを活かしたレシピ本も出版されています。

ただし、現時点で公式に年収が公表されているわけではなく、推定1億円はあくまで各メディアによる試算であることを付け加えておきます。

飯尾さん本人はそういった話を表に出すタイプではなく、派手な生活ぶりも見受けられません。

それが逆に視聴者からの好感度を高めているポイントでもあるかもしれませんね。

嫁・林宏美のプロフィールと馴れ初め

飯尾和樹さんの奥さんは、林宏美(はやし ひろみ)さんです。

基本的なプロフィールは以下のとおりです。

項目 内容
名前 林宏美(はやし ひろみ)
職業 元レースクイーン・元舞台女優・元エステティシャン
飯尾さんとの年齢差 約13歳年下
出身 東京都

林宏美さんは1998年、高校生のうちにレースクイーンとしてデビューした経歴の持ち主。

その後2001年に関根勤さんプロデュースの劇団「カンコンキンシアター」に入団し、舞台女優としても活動していました。

飯尾さんとの出会いはこのカンコンキンシアターです。

最初の交際期間はなんと約11年にも及びます。

公開プロポーズで電撃結婚

でも実はその間に1度破局しているんです。

飯尾さんが交際11年目(2011年)に「そろそろ…」と結婚を申し出たところ、林さんから「11年付き合ったのに、結婚のタイミングが合わなすぎる」とバッサリ断られてしまいます。

……そりゃ傷つきますよ、それは(笑)。

そして翌2012年12月、フジテレビの「とんねるずのみなさんのおかげでした」の企画で、飛び入りで林さんが登場。

番組内で追い詰められた飯尾さんが「もし、そちらに素敵な方がいませんでしたら…こうなったら最後に結婚してください」と再プロポーズ。

すると林さんが涙を浮かべながら「お願いします」と返答し、電撃結婚が成立しました。

読んでいてこちらまでじんわりしますよね。

12年越しの結婚です。

12年という長い交際を経て、テレビという公の場で成立したプロポーズは、今も多くのファンの記憶に残っています。

結婚生活と子供はいるのか

2012年12月の結婚から、2025年現在も飯尾和樹さんと林宏美さんは仲良く夫婦生活を続けています。

二人の間に子供はいません

結婚から10年以上が経ちますが、現時点では夫婦ふたりの生活を大切にされているようです。

子供についての公式なコメントは飯尾さん本人からも出ておらず、子供がいない理由などは明かされていません。

ただ、飯尾さんの語る結婚生活のエピソードは、ユニークで笑えるものが多いです。

奥さんからの言葉は基本的に命令口調。

「行ってきます」と言うと「行け!」、「ただいま」と帰ると許可があるまで家に上がれない、「疲れた」と言うと「寝ろ!」という返しが来る、まるでペットの犬のような扱い…というエピソードを飯尾さん自身が楽しそうに語っています。

……でも、それって絶対仲いい証拠ですよね。

12年間断られ続けても好きで居続け、公開プロポーズまでした飯尾さんですから、頭が上がらないのも当然かもしれません(笑)。

奥さんの実家「はやし製麺所」の留守番電話に飯尾さんの声が入っているというエピソードも、二人の距離感と関係性がにじみ出ていて、どこか微笑ましいですよね。

夫婦ふたりでゆったりと日々を過ごしているその姿が、多くの視聴者から愛される理由のひとつかもしれません。

飯尾和樹の実家と金持ちについてのまとめ

  • 飯尾和樹の実家は「金持ち」ではなく、ごく普通の共働き公務員家庭だった
  • 両親はともに目黒区役所に勤務する公務員(父親は社会福祉課)
  • 5歳まで目黒区祐天寺の風呂なしアパートで暮らし、近所の銭湯に通っていた
  • 5歳のとき世田谷区下馬へ転居。当時は地価が安く庶民的なエリアだった
  • 「世田谷区出身」というブランドイメージが金持ち説の一因とも考えられる
  • 父親は穏やかでニコニコした人柄。飯尾さんの芸人の道を「まあいいんじゃないか」と後押しした
  • 母親は品川の蒟蒻屋の娘で、しっかり者。飯尾さんはその母から料理の基礎を学んだ
  • 飯尾さんの実家が金持ちという噂の真相のひとつは、嫁の実家「はやし製麺所」の話が混同された可能性が高い
  • 嫁の林宏美さんの実家は東京都品川区で製麺所を経営しており、テレビでも紹介された人気店
  • 学歴は世田谷区立駒繁小学校→三宿中学校→東京学園高校(偏差値42)で大学進学はしていない
  • 推薦で大学進学できる話があったが断り、お笑いの道に進んだ
  • 若い頃のコンビ遍歴はチャマーず→La.おかき→ずんと続く、苦労が多い芸人人生だった
  • 2007年頃(40歳時)には家賃が払えなくなり清掃アルバイトを経験している
  • 現在の推定年収は1億円とも言われているが、公式発表はされていない
  • 2012年12月に林宏美さんとテレビ公開プロポーズ成立で結婚。子供はいない

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