かつみさゆりの実家は金持ち!さゆりは神戸の電気店経営のお嬢様育ちだった

かつみさゆりの実家は金持ち!さゆりは神戸の電気店経営のお嬢様育ちだった

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かつみさゆりのさゆりさんの実家が「金持ち」と言われる理由、気になったことはありませんか?

神戸市で電気店を経営する裕福な家庭で育ったさゆりさんは、かつみさんと出会うまで銀行のATMを使ったことがなかったというほどのお嬢様育ちなんです。

一方のかつみさんは大資産家の愛人の子として生まれながら、父親とは5回しか会えなかったという複雑な境遇——この二人の「実家の差」こそが、かつみさゆりという夫婦漫才の根っこにあります。

この記事を読むとわかること
・さゆりの実家が神戸市の電気店で金持ちといわれる理由と育ちの詳細
・かつみの父親が大資産家の愛人の子という複雑な生い立ち
・現在の借金残高と86歳での完済見込みについて

かつみさゆりのさゆりの実家は金持ちで有名

さゆりさんの実家がお金持ちというのは、芸能界でも有名な話です。

それだけじゃなく、かつみさんの生い立ちとの「差」が二人の漫才の魅力を何倍にもしているんですよね。

ここではさゆりさんの実家の詳細から、かつみさんの生い立ちまで、二人の「実家」にまつわるエピソードをたっぷりご紹介します。

実家は神戸市の電気店で家業も順調

さゆりさんの実家については、SNSや芸能番組でたびたび話題になりますよね。

実家は兵庫県神戸市にあり、電気店(電気屋)を経営しています。

家業は順調で、さゆりさんは裕福な家庭で育ったことが広く知られています。

さゆりさんの父親の名前は尾崎賢さん、母親は貞子さんといい、かつてバラエティ番組「メレンゲの気持ち」(2003年8月1日放送)に夫婦そろって出演し、さゆりさんへの愛情を視聴者に見せてくれました。

さゆりさんの両親が娘に「さゆり」と名付けたのは、国民的大女優・吉永小百合さんの大ファンだったから。

吉永小百合さんのような素敵な女性に育ってほしいという親の願いが込められているというのも、なんともロマンティックなエピソードですよね。

阪神大震災で実家が半壊——パリ旅行中で難を逃れた奇跡

1995年1月17日、阪神・淡路大震災が発生し、さゆりさんの実家(神戸市)は半壊の被害を受けました。

さゆりさんの自室の天井が落ちるほどの壊滅的な状況でしたが、偶然にもその日、さゆりさんはかつみさんとフランス・パリへ婚前旅行中で難を逃れました。

これがきっかけで、さゆりさんの両親はかつみさんへの見方を大きく変えます。

借金まみれのかつみさんとの結婚に当初は反対していたご両親でしたが「かつみさんが娘の命を救ってくれた」と深く感謝し、翌1996年の結婚を認めることになったのです。

なんか、この話だけで映画みたいですよね。

3歳からピアノを習ったお嬢様育ちの生活

さゆりさんのお嬢様っぷりは、幼い頃の習い事にも表れています。

なんと3歳からピアノを習い始め、大阪音楽大学短期大学部ピアノ科への進学を果たすほどの実力の持ち主です。

受験勉強期間はわずか2〜3ヶ月ほどだったにもかかわらず合格を果たしたというエピソードは、生来の音楽的才能の高さを物語っています。

特技として「絶対音感」を持っているともいわれており、ピアノの腕前はプロ顔負けのレベル。

テレビ番組でピアノの演奏を披露することもあり、そのたびに視聴者を驚かせています。

ピアノだけでなく声楽も習っており、さらには宝塚歌劇団への憧れも強く持っていました。

好きな宝塚女優・和央ようかさんの出待ちをしたことがあるというほど、ご両親から丁寧に育てられていたことがわかりますよね。

このようなお嬢様育ちの裕福な環境が、さゆりさんの上品な雰囲気や振る舞いを生み出しているのでしょう。

項目 内容
出身地 兵庫県神戸市
実家の家業 電気店(電気屋)経営
主な習い事 ピアノ(3歳〜)、声楽
音楽の特技 絶対音感あり
進学先 大阪音楽大学短期大学部ピアノ科
趣味 宝塚観劇、ピアノ、演劇、映画鑑賞

ATMを知らなかった箱入り娘の日常

さゆりさんのお嬢様っぷりを象徴する、有名なエピソードがあります。

それは「かつみさんと知り合う前は、銀行のATMを使ったことがなかった」というものです。

知ったときびっくりしませんでしたか?

今の時代ではなかなか信じがたいことですが、さゆりさんが吉本興業に入った1980年代後半は、まだATMが普及途中だった時代。

裕福な家庭では親がお金の管理をすることも多く、さゆりさんはまさに「お金に不自由しない箱入り娘」として育てられていたのです。

また、交際を始めてからもしばらくは両親に対して「かつみさんと同棲している」という事実を隠し、「女の先輩芸人の家に泊まらせてもらっている」とうそをついていたというエピソードも残っています。

箱入りで育てられ、世間知らずでおおらかな性格のさゆりさん。

それがかつみさんとの出会いで一変し、借金の督促電話が毎日来るような生活を送ることになるのですから、人生というのはわからないものですよね。

裕福な家庭で何不自由なく育ったさゆりさんが、借金まみれのかつみさんを選んだ理由——それこそが、かつみさゆりという夫婦漫才の原点になっています。

かつみの実家は対照的な複雑な家庭環境

さゆりさんの実家がいかにお嬢様育ちであったかが際立つのは、かつみさんの家庭環境と比較したときです。

かつみさんの生い立ちは、さゆりさんとは正反対といっていいほど複雑なものでした。

かつみさんの父親は、京都府右京区鳴滝音戸山町という、豪邸が立ち並ぶ高級住宅街に住む大資産家。

しかしかつみさんは、その資産家の「3番目の愛人」との間に生まれた子どもでした。

母親は父親と別れるまでの間は比較的裕福な生活を送っていたそうですが、その後は母一人子一人の生活に。

さらに、かつみさんの兄は小児ガンで幼くして他界するという悲しい経験もしています。

父親からの資金援助は一切なく、かつみさんは厳しい環境の中で育ちました。

かつみさんはこの生い立ちについて、ORICONのインタビューで「”家族の温かさ”を知らずに育ってきた」と語っています。

そりゃ傷つきますよ、そんな環境で育ったら……。

さゆりさんのような愛情深い家庭環境と、かつみさんの複雑な生い立ち。

この対比が、二人の夫婦としての絆をより深いものにしているのかもしれません。

かつみの父親は大資産家の愛人の子として誕生

かつみさんの父親について、さらに詳しく見てみましょう。

父親は京都・鳴滝音戸山町(なるたきおんどやまちょう)という地域の大資産家です。

この地域は現在でも2億円以上の豪邸が立ち並ぶ京都市右京区の閑静な高級住宅街で、かつみさんの父親がいかにお金持ちだったかが想像できます。

しかし、そんな富裕層の父親でしたが、かつみさんが子どもの頃に会ったのはたった5回程度。

テレビ番組でも「子どもの頃に5回ぐらいしか会ったことがない」と語っています。

高校生になって挨拶に行ったとき、父親から「お前なんぞワシの子じゃないわ」と言われたそうですが、その口調や身振りが自分とそっくりだったため「やっぱり父親だ」と確信したというエピソードが残っています。

これはなんか……複雑な気持ちになりますよね。

父親亡き後に降りかかった10億円の負債

さらに衝撃的なのは、父親が亡くなった後のエピソードです。

父親は生前、ある会社の保証人となっていたため、その負債がかつみさんに降りかかることになりました。

その額はなんと10億円という莫大なものだったと伝えられています。

言葉が出ません……自分が生んだ子どもにこれほどの重荷を残していくというのは、と思わずにはいられません。

かつみさんが持つ「お金への強い執着」や「一発逆転を夢見てしまう性質」は、こうした幼少期の貧しさとお金への渇望から来ているのでは、と周囲からも言われています。

実家の差が引き立てるかつみさゆりの絆

神戸の電気店を営む裕福な家庭で育ったさゆりさんと、複雑な家庭環境で育ったかつみさん。

この二人の「実家の差」は、コンビとしても夫婦としても、かつみさゆりの魅力を引き立てる大きな要素になっています。

さゆりさんはATMすら知らなかったほどの箱入りお嬢様でありながら、かつみさんの莫大な借金を知ってもなお「この人は一生私が面倒見てあげないとダメだわ」と結婚を決意しました。

その決断力と愛情の深さには、読んでいてこちらまで温かくなります。

一方のかつみさんは、家族の温かさを知らずに育ってきたからこそ、さゆりさんとそのご家族に対して深い感謝と愛情を持ち続けています。

ORICONのインタビューで語った「日本一の漫才師より日本一の夫婦になりたい」という言葉が、二人の関係を何より雄弁に語っていますよね。

お互いの「実家の差」を笑いと愛情に変えてきた二人の夫婦漫才は、まさに人生そのものをネタにした、唯一無二の芸といえるでしょう。

かつみさゆりの実家を調べる人向けの関連情報

かつみさゆりをもっとよく知りたい方に向けて、若い頃のエピソードや借金の現状、子供についての話など、気になる情報をまとめてご紹介します。

若い頃のさゆりはミスコン荒らしの美女

「ぼよよーん」のギャグで有名なさゆりさんですが、若い頃は「ミスコン荒らし」と呼ばれていた時代があることをご存知でしょうか。

1988年頃(当時18〜19歳)から芸能活動を始めたさゆりさんは、その美貌から数々のミスコンに出場。

ミス神戸・ミスポートピア・ミス振袖・ミス鮎娘など数々のミスコンでグランプリを獲得し、「ミスコン荒らし」の異名をとりました。

吉本興業に入社した当初は「吉本一の美人キャラ」として活躍。

番組のアシスタントなども務めていましたが、現在はツインテールと「ぼよよーん」の三枚目キャラに徹しています。

プロフィールを見ると身長163cm、体重45kg。

現在も美脚を披露し続け、50代になっても若々しい姿を保っているのは、お嬢様育ちの丁寧な暮らしが体に染み込んでいるからなのかもしれません。

プロフィール項目 内容
本名 尾崎小百合(おざきさゆり)
生年月日 1969年7月15日
出身地 兵庫県神戸市
身長 163cm
体重 45kg
血液型 B型
趣味 ピアノ、演劇、映画鑑賞
特技 ピアノ、声楽(絶対音感あり)
主なミスコン受賞 ミス神戸、ミスポートピア、ミス振袖、ミス鮎娘(1988年)

2億円の借金を抱えたかつみとの馴れ初め

さゆりさんとかつみさんの馴れ初めは、1990年のこと。

さゆりさんが20歳のとき、バラエティ番組で二人が共演したのが始まりです。

当時すでに多額の借金を抱えていたかつみさんは、芸人仲間の間では「あいつと関わるな」という扱いを受けるほどの存在でした。

間寛平さんや坂田利夫さんなど吉本所属の人気芸人が連帯保証人になって借金を抱えたことから、吉本では「楽屋での金の貸し借りやハンコの付き合いはしてはいけない」というルールができていたほどです。

そんな状況でも、箱入り娘として育ち警戒心ゼロだったさゆりさんは、どんどんかつみさんに話しかけ仲良くなっていきます。

「こんなどん底でどれだけポジティブなの!?」と驚いたさゆりさんは「こんなにポジティブならついていっても大丈夫かも」と思い、交際がスタート。

交際後は同棲を開始しましたが、その生活は想像を絶するものでした。

借金の督促電話が毎日鳴り止まず、電気・ガスなどのライフラインが止まることは日常茶飯事。

さゆりさんは空腹を飴でまぎらわし、たった50円を持って買い物に行き、もやしだけを購入する生活で1ヶ月で5kgも痩せたといいます。

二人は一年かけて借金を調査し、なんと43社から借金をしていたことが判明。

さゆりさんは「借金早見表」を手作りして返済の優先順位を整理するなど、お嬢様育ちとは思えない頑張りを見せています。

1995年の阪神大震災でさゆりさんの実家が半壊した際、偶然かつみさんとパリ旅行中だったことが両親の心を動かし、翌1996年に2億円の借金を抱えたまま結婚。さゆりさんが「この人は一生私が面倒見てあげないとダメだわ」と決断したからこそ実現した、波乱万丈な出発でした。

子供がいない理由はさゆりの病気と手術

かつみさゆりの二人には子供がいません。

その理由は、さゆりさんが患った深刻な病気にありました。

2004年、当時34歳だったさゆりさんは収録中に突然倒れ、緊急入院することになります。

診断の結果、卵巣のう腫・子宮筋腫・子宮内膜症という3つの病気を同時に患っていることが判明しました。

医師からは「10年後には生きていられないかもしれない」と宣告されたといいます。

しかしさゆりさんは最初、「借金の返済が滞ったらどうしよう」という理由からすぐに舞台復帰を望んだというから、なんとも……さゆりさんらしいエピソードですよね。

これに激怒したかつみさんは、涙ながらに「命以上に大切なものなんかこの世にはない」と訴えました。

かつみさんの言葉が心に刺さったさゆりさんは手術を決意。

無事に回復しましたが、この病気と手術が原因で子供ができにくい体になってしまいました。

離婚を迫るさゆりさんに対して、かつみさんは「さゆりちゃんが生きてるだけで幸せ」と答えました。

……この言葉、じんわりしませんか?

子供を授かれなかったことは二人にとって辛い経験だったかもしれませんが、今もなおおしどり夫婦として知られるかつみさゆりの絆は、あの時の「命より大切なものはない」という言葉に支えられているのかもしれません。

かつみの現在の借金と86歳完済の見込み

かつみさゆりといえば「借金」というイメージが強いですが、現状についても整理しておきましょう。

借金の始まりは、かつみさんが25歳の頃に株や不動産への投資で3億円もの資産を築いたところから始まります。

その後、信用取引で一気に10億円を投資しようとしたところバブル崩壊に遭い、4億7000万円の損失を被って1億7000万円の借金を抱えることになりました。

その後も様々な事業(100円ショップ、ラーメン屋2店舗、スナック、スイーツ食べ放題店「ボヨヨンスイーツガーデン」など)に挑戦しては失敗を繰り返し、借金はMAX2億5000万円まで膨らんでいます。

さゆりさんはこの借金について「1億7000万円から始まったんです。金利がどんどんふくらんで、年間1000万円払っても足りなくて。だから元金がぜんぜん減らなくて」と語っています。

二人が支払った利息だけで2.6億円に上ると推計されており、まさに壮絶な借金生活です。

転機は2017年。

池田泉州銀行に低金利での借り換えに成功し、金利が4.725%から1.475%へと大幅に改善。

毎月の支払い額が減り、元金が少しずつ減り始めました。

そして2023年12月には、テレビ番組で「86歳で完済のめどが立った」と発表。

自己破産を選ばずに借金を返し続けるかつみさんの姿勢は「3億円を自分で稼いだプライドがある」という言葉に支えられています。

借金の変遷 状況
1988年頃 バブル崩壊で1億7000万円の借金発生
1992年 事業失敗が重なり2億円に増加
1996年 2億円を抱えたまま結婚
MAX時 2億5000万円まで膨張
2017年 銀行借り換え成功(金利1.475%に)
2023年 86歳での完済見込みを発表

借金返済への道のりはまだ続いていますが、二人の前向きな姿はたくさんの人に「笑って生きること」の大切さを教えてくれているような気がします。

かつみさゆりへの世間の声

かつみさゆりに対してSNSや視聴者からは、温かい声が多く寄せられています。

さゆりさんの実家が金持ちというエピソードについては「こんな苦労続きなのにいつも明るいさゆりさんが尊敬できる」「お嬢様育ちでATMも知らなかったのに借金生活に付き合えるって本当にすごい」といった声が目立ちます。

また、かつみさんの複雑な生い立ちや借金についても「それでもずっと明るく前向きなかつみさんが好き」「自己破産しないで真摯に返し続けているのが素晴らしい」という評価が多く見られます。

かつみさゆりの夫婦漫才については「漫才というより本当の夫婦の話で笑いながら感動できる」「借金ネタをここまで笑いに昇華できるのはすごい」という声も多いようです。

二人の夫婦仲の良さや、どんな苦境でも明るく生きる姿が、長年にわたって多くのファンに愛されてきた理由なのでしょう。

かつみさゆりの実家と金持ちエピソードのまとめ

  • さゆりの本名は尾崎小百合で、実家は兵庫県神戸市で電気店を経営している
  • さゆりの両親は吉永小百合ファンで、娘に「さゆり」と名付けた
  • さゆりは3歳からピアノを習い、絶対音感を持つほどの音楽の才能の持ち主
  • 大阪音楽大学短期大学部ピアノ科に短期間の受験勉強で合格した
  • かつみと出会うまでATMを使ったことがないほどの箱入りお嬢様育ち
  • さゆりの父は尾崎賢さん、母は貞子さんで2003年に「メレンゲの気持ち」に出演した
  • 1995年の阪神大震災でさゆりの実家は半壊したが、かつみとパリ旅行中で難を逃れた
  • 震災のエピソードがきっかけでさゆりの両親がかつみとの結婚を認めた
  • かつみの父親は京都・鳴滝音戸山町の大資産家の愛人の子として生まれた
  • かつみは父親と5回程度しか会ったことがなく、資金援助は一切なかった
  • かつみの父親亡き後、保証人だった会社の10億円の負債がかつみに降りかかったとされる
  • 1996年、2億円の借金を抱えたままかつみさゆりは結婚した
  • さゆりは2004年に卵巣のう腫・子宮筋腫・子宮内膜症の3つを発症し、子供ができにくい体になった
  • かつみの借金はMAX2億5000万円まで膨らんだが、2017年の銀行借り換えで減少傾向に
  • 2023年に86歳で借金を完済できる見込みが立ったと発表された

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