松井裕樹の白血病は本人じゃない!同級生との絆と200セーブの感動秘話

松井裕樹の白血病は本人じゃない!同級生との絆と200セーブの感動秘話

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「松井裕樹 白血病」と検索して、松井裕樹さん本人が白血病なのでは?と心配されている方もいるかもしれません。

結論からお伝えすると、白血病だったのは松井裕樹さんではなく、高校時代の同級生・小国颯さんです。

この記事では、白血病にまつわる感動エピソードをはじめ、奥さんの石橋杏奈さんとの馴れ初めや子供、年俸、高校時代の伝説など松井裕樹さんの情報をたっぷりお届けします。

この記事を読むとわかること
・松井裕樹と白血病の関係は本人ではなく高校の同級生・小国颯の闘病エピソード
・奥さん石橋杏奈との出会いや子供3人の家族情報
・年俸推移や高校時代の甲子園22奪三振など経歴の詳細

松井裕樹と白血病にまつわるエピソード

「松井裕樹 白血病」と検索すると気になる方が多いですが、実は松井裕樹さん本人が白血病を患ったわけではありません。

ここでは、白血病にまつわる感動的なエピソードや、松井裕樹さんのプライベートについて詳しくお伝えしていきますね。

白血病だったのは同級生の小国颯

「松井裕樹 白血病」と検索すると、松井裕樹さん本人が白血病になったのではないかと心配される方がいるかもしれませんね。

でも実際には、松井裕樹さん自身が白血病を患ったという事実はありません。

白血病だったのは、桐光学園高校の野球部で同級生だった小国颯(おぐに はやと)さんです。

小国颯さんは高校時代に急性リンパ性白血病を発症しました。

野球部の仲間として一緒に白球を追いかけていた小国さんが突然病に倒れたことは、松井裕樹さんにとって非常に大きな出来事だったようです。

闘病中もチームに貢献した小国颯さん

小国颯さんは闘病中でありながらも、ノッカーを務めるなどチームに貢献し続けていました。

松井裕樹さんは2年生の夏に甲子園出場を果たしましたが、3年生の夏は神奈川大会の準々決勝で横浜高校に惜敗してしまいます。

この試合後、松井裕樹さんは号泣しながら「小国を甲子園に連れて行く」という誓いを果たせなかったことを「申し訳ない」と悔やんでいたそうです。

3年生だけのミーティングでは、白血病で療養中だった小国さんを初めて甲子園に連れて行くという約束をチーム全員で共有していたんですね。

プロ入り後も続いた絆

松井裕樹さんがプロ入りする際には、グラブに「颯」という小国さんの名前を刺しゅうするほどの強い絆がありました。

その後、小国颯さんは足かけ5年に及ぶ闘病生活を経て白血病を克服しています。

完治後は毎年1回、野球部の同期メンバーで箱根に集まってお酒を飲む仲だったとのこと。

楽天の2次キャンプ地である沖縄にも遊びに来て、昼は野球をして夜はお酒を飲んで過ごしたこともあったそうですよ。

残念ながら、小国颯さんは白血病を克服したものの、2021年頃に別の病気で他界されました。

松井裕樹さんはコロナ禍の影響でお見舞いにもお葬式にも行けなかったことを深く悔やんでおり、「目の前で投げている姿を見てもらいたかった」と語っています。

小国颯への想いを込めた200セーブ達成

2023年4月5日、松井裕樹さんは西武戦で通算200セーブを達成しました。

史上最年少となる27歳5カ月での快挙であり、それまでの記録だったDeNA・山崎康晃さんの29歳10カ月を2歳5カ月も更新する大記録です。

天国の親友にささげた大記録

この日は1対0という僅差の9回に登板し、先頭の山川穂高さんに右中間二塁打を浴びるなど1死二、三塁のピンチを背負いました。

「高ぶるものがあって球も上ずっていた」と本人も振り返るほど緊張感のあるマウンドでしたが、最後は代打・中村剛也さんから打ち取り、両腕を突き上げて感情を解放しました。

松井裕樹さんはこの200セーブを、2年前に他界した親友・小国颯さんにささげるものとして位置づけていました。

「仙台の球場にも応援に行きたい」と語っていた小国さんの前で投げる姿を見せられなかった無念を胸に、天国に向けて朗報を届けた形です。

記録達成後の松井裕樹さんの言葉

達成後、松井裕樹さんは「家族も来てくれていたし、多くのイーグルスファンの前で達成できてうれしい」と感謝の言葉を述べました。

記念球は「とりあえず妻に渡します」と、奥さんの石橋杏奈さんに感謝とともに手渡す予定だったそうです。

「家族や友人、ファンの皆さんが喜ぶ顔が僕にとっての喜び」という言葉からも、周囲への感謝の気持ちが伝わってきますよね。

そしてオフには小国さんの墓前に200セーブを報告すると決めていたとのこと。

左腕での200セーブ達成は、中日・岩瀬仁紀さん(407セーブ)に次ぐ史上2人目という快挙でもあり、パ・リーグでは初めての記録となりました。

通算445試合目での達成は史上4位の速さで、いかに松井裕樹さんが安定したクローザーとして活躍し続けてきたかがわかります。

奥さんは女優の石橋杏奈

松井裕樹さんの奥さんは、女優の石橋杏奈さんです。

2018年12月13日に婚姻届を提出し、正式に夫婦となりました。

石橋杏奈さんのプロフィール

石橋杏奈さんは1992年生まれの女優で、数々の映画やドラマに出演しています。

結婚前後には「リンキング・ラブ」「泥棒役者」「勝手にふるえてろ」「今夜、ロマンス劇場で」「蝶の眠り」などの映画作品に出演していました。

ドラマでも「きみが心に棲みついた」や「ドロ刑 ―警視庁捜査三課―」で元音楽隊の刑事・小平美希役を演じるなど、幅広い活躍をされていた方です。

ハワイでの挙式と入籍

2人は2018年12月初旬にハワイで挙式を挙げ、その後12月13日に東京都内の区役所に婚姻届を提出しました。

石橋杏奈さんは入籍の報告で「彼の野球に対するまっすぐな姿勢や素直で無邪気な性格に惹かれ傍に居たいと思うようになりました」とコメントしています。

「彼の活躍が2人の幸せでもあるので日々刺激をもらいながら私もできる限りのサポートをしていきたい」という言葉からも、お互いを支え合う素敵な関係性がうかがえますね。

松井裕樹さんも「これからは妻のため、そして日頃より応援してくださるファンの皆さまの期待に応えるため、より一層野球に精進してまいります」と力強くコメントしていました。

現在は松井裕樹さんのMLB挑戦に伴い、家族でアメリカ・サンディエゴで生活しているようです。

石橋杏奈との出会いは友人の紹介がきっかけ

松井裕樹さんと石橋杏奈さんの出会いは、2017年6月に友人を介して知り合ったことがきっかけです。

交際から結婚までのスピード感

2人は友人の紹介で出会った後、交際に発展しました。

出会いから約1年半で結婚に至っており、比較的スピーディーな展開だったといえますね。

所属事務所の発表によると、2018年12月初旬にハワイで挙式を挙げ、同年12月13日に東京都内の区役所に2人で婚姻届を提出しています。

プロ野球選手と女優という華やかなカップルの誕生は、当時大きな話題になりました。

松井裕樹さんが惹かれた理由

松井裕樹さんは石橋杏奈さんについて、常に自分のそばで支えてくれる存在として大切にしている様子がうかがえます。

200セーブ達成時に記念球を「とりあえず妻に渡します」と即答したエピソードからも、奥さんへの感謝と愛情が伝わってきますよね。

石橋杏奈さんの側も「彼の活躍が2人の幸せ」と語っており、プロ野球選手の妻として夫のキャリアを全力でサポートする姿勢が見えます。

2024年からは松井裕樹さんのMLB移籍に伴い、家族でアメリカに渡りました。

異国の地でも家族一丸となって新しい挑戦に臨んでいるところが、とても素敵な夫婦だなと感じます。

石橋杏奈との子供は3人で家族仲も良好

松井裕樹さんと石橋杏奈さんの間には、3人のお子さんがいます。

お子さん誕生時期性別
第1子2020年5月女の子
第2子2022年10月男の子
第3子2025年4月女の子

家族でアメリカ生活を満喫

2024年末には、パドレスの公式インスタグラムに松井裕樹さん一家が登場しました。

家族で「ホリデーワンダーランド」というクリスマスイベントを楽しんでいる様子が公開され、松井裕樹さんが長女と手をつないで滑り台を楽しむ姿や、メリーゴーランドに乗る微笑ましいショットが話題になりました。

石橋杏奈さん譲りのえくぼが愛らしいお子さんたちの姿も垣間見え、家族の仲の良さが伝わってくる投稿でしたよ。

子煩悩なパパの一面

松井裕樹さんはマウンド上では闘志あふれるピッチングを見せますが、プライベートでは子煩悩なパパとしての一面があるようです。

チームメイトとの交流も含め、アメリカでの家族生活を充実させている様子がSNSなどからうかがえます。

3人のお子さんに恵まれ、家族の支えを力に変えてMLBの舞台で活躍する松井裕樹さんの姿は、多くのファンに勇気を与えていますね。

松井裕樹の白血病を調べる人向けの関連情報

松井裕樹さんについて白血病との関連を調べている方は、松井裕樹さん自身の経歴やプライベートにも興味をお持ちではないでしょうか。

ここでは、現在の活動状況や年俸、高校時代の伝説的なエピソードなど、関連情報をまとめてお届けします。

現在はパドレスでWBC辞退を決断

松井裕樹さんは2023年オフに海外FA権を行使し、MLBのサンディエゴ・パドレスと契約しました。

パドレスではクローザーとして期待されており、アメリカの地で新たなキャリアを築いています。

2026年WBC辞退の経緯

2026年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、3大会連続で日本代表「侍ジャパン」に選出されていましたが、コンディション不良により辞退を決断しました。

2026年2月19日に実戦形式の投球練習に臨んだ際に左脚の内転筋を痛め、自ら申し出て途中で降板したとのこと。

松井裕樹さんは「葛藤はすごくあったけど、状態を見たら即断というか即決だった」と語っています。

「次に行く選手のためにも早く決断した方がいいと思ったし、このまま合流することが日本代表のプラスになるとは思わなかった」という言葉には、チーム全体を考えた冷静な判断がうかがえますね。

ダルビッシュ有からの励まし

パドレスのチームメイトであるダルビッシュ有さんからは「WBCのためだけにやってきたわけではないと思うので、しっかりシーズンに向かって」という励ましの言葉を受けたそうです。

松井裕樹さんも「チームの一員だと思っている。心の底から優勝してほしい」と侍ジャパンへのエールを送りながら、シーズンに向けてリハビリを進めています。

キャッチボールや軽めのダッシュから強度を上げていく段階だということで、開幕に向けた復帰が期待されますね。

年俸の推移と生涯年俸まとめ

松井裕樹さんの年俸は、楽天時代に着実に上昇していきました。

以下は推定年俸の推移です。

年度年俸(推定)年齢所属
2014年1,500万円19歳楽天
2015年2,500万円20歳楽天
2016年6,500万円21歳楽天
2017年9,000万円22歳楽天
2018年1億4,000万円23歳楽天
2019年1億1,000万円24歳楽天
2020年2億5,000万円25歳楽天
2021年2億5,000万円26歳楽天
2023年2億5,000万円28歳楽天

楽天時代の生涯年俸

楽天での9年間の生涯年俸は推定で約11億9,500万円とされています。

高卒1年目の1,500万円からスタートし、クローザーとして結果を出し続けたことで、25歳の2020年には2億5,000万円まで到達しました。

2019年に一時減額となったものの、その後は2億5,000万円をキープし続けていたことからも、球団からの評価が非常に高かったことがわかりますね。

MLB契約

2023年オフにパドレスと契約を結びました。

MLBでの正確な契約条件は公開情報が限られていますが、日本球界で積み上げた実績を引っ提げてのメジャー挑戦ということで、相応の待遇が用意されたと見られています。

日本円で約11億9,500万円という楽天時代の生涯年俸に加え、MLBでの報酬も上乗せされることを考えると、松井裕樹さんの生涯収入はかなりの金額になることが予想されますね。

高校は桐光学園で甲子園22奪三振の衝撃

松井裕樹さんの出身高校は、神奈川県の桐光学園高校です。

ここでの活躍が、松井裕樹さんの野球人生を大きく動かすことになりました。

高校入学までの経歴

松井裕樹さんは小学2年生で野球を始め、小学6年生の時にベイスターズジュニアのセレクションに合格しています。

中学では「青葉緑東シニア」に所属し、中学3年生で全国大会優勝を経験しました。

この頃から巨人やロッテで多くのプロ野球選手を育てた名伯楽・小谷正勝さんが臨時コーチとして指導しており、「初めて見たのは中学1年。将来はプロに行く素材だと思った」と振り返っています。

当時は横変化だったスライダーを縦の変化にするようにアドバイスしたのも小谷さんだったそうですよ。

甲子園で1試合22奪三振の大記録

桐光学園に進学した松井裕樹さんは、2年生の夏に甲子園出場を果たします。

1回戦の今治西(愛媛)との試合では、大会史上最多となる10連続奪三振と1試合22奪三振という歴史的な記録を打ち立てました。

2回戦でも19奪三振を記録し、2試合合計の最多奪三振記録も更新しています。

1大会通算68奪三振は夏の甲子園では歴代3位、左腕としては史上最多という快挙でした。

3年夏の悔しい敗退

3年生の夏は神奈川大会の準々決勝で横浜高校と対戦しました。

自己最速を2キロ更新する149キロを計測し10三振を奪ったものの、2本のホームランを浴びて8回8安打3失点で完投負け。

試合後には右手で目を覆いながらむせび泣き、「入学した時から3年の夏を目指してやってきた。そこで負けてしまって悔しい」と言葉を絞り出しました。

2013年ドラフトでは1位で楽天に入団し、プロの世界へと進んでいくことになります。

弟は福祉施設を運営する松井和輝

松井裕樹さんには弟の松井和輝さんがいます。

松井和輝さんは幼いころから兄と一緒に白球を追いかけてきた野球経験者で、社会人野球でプレーしながら福祉施設のオーナーとしても活動しています。

グループホーム「わおんYMA」を開設

松井和輝さんは2022年4月、千葉県鎌ケ谷市に知的障害者が共同生活を送るグループホーム「わおんYMA」をオープンしました。

2階に入居者の自室があり、1階のリビングにはソファとテレビが置かれた温かみのある施設だそうです。

入居者は日中の仕事から帰ると、食事をしてテレビを見たり会話を楽しんだりしながら暮らしているとのこと。

兄への「恩返し」が原動力

松井和輝さんが野球と福祉の掛け持ちを選んだ背景には、プロ野球の舞台で活躍する兄への「恩返しがしたい」という想いがあるそうです。

「入居者と接するときに一番気をつけているのは、相手を否定しないこと。会話の雰囲気を見ながら、時にはあえて敬語を使わず接しています」と語っており、福祉の仕事にも真摯に向き合っている姿勢がうかがえますね。

プロ野球で活躍する兄と、福祉の道で社会貢献する弟という兄弟の形は、それぞれが自分の道で輝いていてとても素敵だなと感じます。

評価はMLBでも認められた実力派左腕

松井裕樹さんは、日本球界でもMLBでも高い評価を受けている実力派の左腕投手です。

投手としての能力と武器

現在は150キロ前後の直球に、高校時代から注目を集めたスライダー、そして2020年の先発転向時に習得したフォークの3球種で三振を量産するスタイルを確立しています。

入団時の担当スカウトだった後関昌彦さんは「常に前向きでプラス思考。普段はニコニコしているけど、マウンドに上がるとスイッチが入る。持って生まれた体の丈夫さもある」と評しています。

中学時代から松井裕樹さんを見てきた小谷正勝さんも「左右よりも高低で打者を攻めた方が直球が生きる。分かっていても空振りを取れる球がある」と、その才能を高く評価していました。

MLBでの評価

パドレスのマイク・シルト監督は松井裕樹さんについて「素晴らしい才能の持ち主。コースに投げ分けることができ、投手としての能力が高い」と大きな期待を示しています。

4か国語を披露した知性

2024年のスプリングトレーニング初日、松井裕樹さんは英語とスペイン語で自己紹介を行い、韓国メディアからの質問には韓国語で短く返答するなど、日本語を含めた4か国語を披露して報道陣を驚かせました。

パドレスの本拠地サンディエゴはメキシコとの国境の街で、チームには韓国人選手も在籍しています。

そうした環境を見据えて入念な準備を重ねてきた語学力は、周囲から「粋な心配り」と称賛されました。

「英会話はまだ言葉が出てこないが、勉強したい」と謙遜していたものの、発音も流ちょうだったとのことで、野球だけでなく語学面でも努力を惜しまない姿勢が評価されていますよ。

主な記録・実績内容
NPB通算200セーブ史上最年少(27歳5カ月)で達成
最多セーブ2019年、2022年、2023年の3回獲得
甲子園1試合22奪三振大会史上最多記録
国際大会2015年プレミア12、2017年・2023年WBC日本代表
MLB2024年よりパドレスでプレー

松井裕樹の白血病説のまとめ

  • 松井裕樹本人は白血病ではなく、白血病だったのは高校の同級生・小国颯
  • 小国颯は桐光学園野球部の仲間で急性リンパ性白血病を発症した
  • 松井裕樹はプロ入り時のグラブに「颯」の名を刺しゅうするほどの親友だった
  • 小国颯は白血病を克服したが、2021年頃に別の病気で他界した
  • 2023年に史上最年少27歳5カ月で通算200セーブを達成し天国の親友にささげた
  • 左腕での200セーブはNPB史上2人目、パ・リーグでは初の快挙
  • 奥さんは女優の石橋杏奈で2018年12月に結婚した
  • 石橋杏奈との出会いは2017年6月に友人の紹介がきっかけ
  • 子供は長女・長男・次女の3人で家族仲が良好
  • 現在はMLBパドレスに所属しクローザーとして活躍中
  • 2026年WBCは左脚の内転筋痛で辞退を決断した
  • 楽天時代の年俸は最大2億5,000万円で生涯年俸は推定約11億9,500万円
  • 高校は桐光学園で甲子園1試合22奪三振の大会記録を樹立した
  • 弟の松井和輝は社会人野球と福祉施設運営を両立している
  • 4か国語を披露するなど語学面でもMLBの評価が高い

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