長江健次さんは、イモ欽トリオのフツオとして1980年代に一世を風靡した俳優・タレントです。
実は結婚歴が2回あり、最初の妻(元客室乗務員)との離婚を経て2003年頃に一般女性と再婚したバツイチ再婚組なんです。
現在は双子の男の子の父親として大阪で家族と暮らしており、妻子がいながら収入ゼロになった過去を「しくじり先生」で告白し今なお注目を集めています。
・長江健次の現在の妻と元嫁のプロフィール
・2回の結婚・離婚の経緯とできちゃった婚の真相
・妻子を抱えながら収入ゼロになった過去と現在の活動
長江健次の妻と元嫁のプロフィールを徹底調査
長江健次さんは結婚歴が2回あり、現在の妻は一般女性との再婚です。
最初の妻(元客室乗務員)との離婚から2度目の結婚までの経緯を、わかっている範囲で詳しくまとめてみました。
現在の妻は一般女性で再婚
長江健次さんの現在の妻は、一般女性の方です。
名前や顔写真、詳しい職歴などは公表されておらず、これについては長江さんご本人も特に明かしていないため、詳細はわからないのが現状です。
ただ、長江さんはバツイチという経歴を持っており、最初の結婚に失敗した後、数年の空白期間を経て再婚したことは確認されています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 現在の妻 | 一般女性 |
| 結婚時期 | 2003年頃 |
| 結婚形式 | できちゃった婚 |
| 子供 | 双子の男の子(2003年生まれ頃) |
| 夫婦の拠点 | 大阪(メイン)・東京(別宅) |
このように長江さんの現在の奥さんに関しては表に出ている情報がほとんどありません。
芸能界で活躍するパートナーを持ちながらも、プライバシーを徹底的に守っている方なのかもしれませんね。
再婚はできちゃった婚
長江健次さんと現在の奥さんの結婚は、いわゆる「できちゃった婚」だったようです。
最初の妻との離婚が1999年に成立してから、約4年後の2003年頃に現在の奥さんと再婚しています。
最初の結婚では子供を授からなかった長江さんですが、再婚後は双子の男の子を授かったことで、念願だった父親になることができました。
再婚相手との馴れ初めや出会いについては公表されていませんが、できちゃった婚ということは、それなりに交際期間があったのではないかと思われます。
長江さんは最初の離婚後も大阪を中心に芸能活動を続けていたので、大阪で出会った可能性が高そうですよね。
あくまでも推測の域を出ませんが、共通の知人を通じた紹介や、長江さんの音楽ライブなどを通じて出会った可能性も考えられます。
妻との夫婦生活と大阪での暮らし
長江健次さんと現在の妻は、大阪を生活の拠点にしています。
長江さんは大阪府豊中市の出身で、生まれ育った関西をホームグラウンドとして活動を続けているため、家族が暮らす自宅も大阪に構えているようです。
一方で、芸能活動の関係で東京での仕事も多いことから、都内にも別宅があるとのこと。
仕事が一時期ゼロになった暗黒期を乗り越え、自宅を二つ構えられるほどの生活水準を維持できているというのは、長江さんの実力と努力の証とも言えるでしょう。
夫婦仲については特に問題になるような報道はなく、長江さんのSNSや音楽活動の様子を見る限り、充実した家庭生活を送っているようです。
また、長江さんは2016年に出演したテレビ番組「しくじり先生」の中で、妻子がいながらも収入ゼロになってしまった過去を明かしており、そんな苦しい時期を夫婦で乗り越えてきた絆も感じさせます。
東京の別宅
長江健次さんが東京に別宅を持っているのは、芸能界での活動のためです。
特に東京のライブハウスやテレビ番組への出演が増えるにつれ、大阪から毎回通うより東京に拠点があったほうが便利ということで別宅を設けたものと思われます。
大阪に家族の自宅、東京に仕事用の別宅という生活スタイルは、関西と関東を行き来する芸能人にとってはよくある形と言えますよね。
双子の息子のプロフィール
長江健次さんと現在の妻との間には、双子の男の子がいます。
2013年5月のツイートで長江さん自身が「小学校4年生」と息子たちを紹介していたことから、双子の息子は2003年頃の誕生と計算できます。
2026年現在では20歳を超えた青年に成長していると思われますが、子供に関するプロフィール(名前、顔写真など)は一切公表されておらず、非公開の状態が続いています。
長江さんが芸能人として活動する中でも、子供たちのプライバシーはしっかり守っているようです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 人数 | 2人(双子) |
| 性別 | 男の子 |
| 誕生時期 | 2003年頃 |
| 2026年現在の年齢 | 22〜23歳頃 |
息子のスノーボード活動
一部では、長江健次さんの双子の息子がスノーボードをしているという情報も出ています。
長江さんは自身がスノーボードの元五輪候補であり、スノーボードスクールまで運営するほどの本格派ですから、息子たちが幼い頃からスキーやスノーボードに親しんでいたとしても不思議ではありませんよね。
ただし、長江さん自身が息子のスノーボード活動を公言したわけではないため、あくまでも「可能性がある」という段階の話です。
元嫁は元客室乗務員
長江健次さんの最初の結婚相手(元妻)は、客室乗務員(キャビンアテンダント)出身の女性です。
客室乗務員という職業柄、容姿端麗でコミュニケーション能力が高い女性だったと推測されます。
長江さんがイモ欽トリオとしてブレークした後に結婚されていることから、当時の長江さんの人気が出会いのきっかけになった可能性も考えられますね。
名前や顔写真などの詳細な情報は公表されておらず、一般人として現在の生活を送っているとみられます。
最初の結婚相手については情報が少ないのですが、離婚後に双方がプライバシーを守って静かに過ごしているのでしょう。
元嫁との結婚と1999年の離婚理由
長江健次さんの最初の結婚は、1995年7月のことでした。
当時31歳だった長江さんが元客室乗務員の女性と入籍しましたが、二人の間には子供は授からなかったようです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 結婚時期 | 1995年7月 |
| 当時の長江さんの年齢 | 31歳 |
| 元妻の職業 | 元客室乗務員 |
| 離婚成立 | 1999年 |
| 結婚期間 | 約4年 |
| 子供 | なし |
離婚理由については公表されていませんが、1990年代後半の長江さんは芸能界での仕事が徐々に減っていた時期でもありました。
欽ちゃん(萩本欽一さん)への不義理がたたり、フジテレビを出入り禁止になるなど、いわゆる「干される」状況に陥っていたわけですから、仕事の不安定さが夫婦関係に影響した可能性は十分に考えられます。
とはいえ、これはあくまでも推測の話であり、詳しい離婚の経緯や理由は外から知る術がありません。
お互いが納得した上での別れだったのか、それとも葛藤の末の決断だったのか…。当事者にしかわからない事情があったのでしょう。
妻・家族に対する世間の声
長江健次さんの妻や家族について、ネット上では温かいコメントが多く見られます。
特に「しくじり先生」の放送後は、「妻子がいながら収入ゼロになっても再起した姿に感動した」という声や、「そんな苦しい時期を支えてくれた奥さんは本当にすごい」という声が多く上がっていました。
また、できちゃった婚であることを含め、バツイチからの再スタートで幸せな家庭を築いた姿を応援するコメントも多く、長江さんのファンからは「いいパパになれそう」「家族を大切にしてほしい」という声が多く寄せられています。
子供が双子というのも「羨ましい!」という声が上がっており、長江さん家族への好感度は総じて高い様子です。
長江健次の妻を調べる人向けの関連情報
長江健次さんの妻を調べる人は、欽ちゃんとの30年絶縁エピソードや仕事ゼロの暗黒期、スノーボードコーチとしての顔など多彩な側面も気になっているはず。
あわせて知っておきたい関連情報をまとめました。
欽ちゃんへの不義理と30年間の絶縁
長江健次さんの人生において最大の「しくじり」となったのが、恩師・萩本欽一さん(欽ちゃん)への不義理です。
1981年にフジテレビ系「欽ドン!良い子悪い子普通の子」のフツオ役でデビューし、一躍スターダムにのし上がった長江さん。
デビュー曲「ハイスクールララバイ」は100万枚を超えるヒット(一説には160万枚とも)を記録し、ザ・ベストテンでは8週連続1位という快挙を達成しました。
ところがここで長江さんは大きなしくじりを犯します。
「大学受験のため」という理由で番組を降板したのですが、実はこれは真っ赤な嘘。本当の理由は笑福亭鶴瓶さんとの別番組に出演するためだったのです。
長江さんは後に「テレビ局に受験すると言い通せと言われた」「鉄ちゃんには感謝しているが自分で仕事をしたかった」「要するに目立ちたかった」と告白しています。
この嘘が発覚したことで、欽ちゃんの怒りを買い破門状態に。フジテレビへの出入り禁止となり、欽ちゃんファミリーの番組にも一切呼ばれなくなってしまいました。
この絶縁状態が約30年もの長きにわたって続くことになります。
なお、長江さんは大阪府立渋谷高等学校を卒業後、大阪芸術大学に進学しましたが中退しています。
妻子を抱えながら収入ゼロになった過去
欽ちゃんへの不義理だけでなく、長江健次さんはさんまさんや鶴瓶さんなど、お世話になった芸能人への不義理を重ねてしまいました。
その結果、仕事が徐々に減っていき、最終的には仕事がゼロ、収入もゼロという状況に陥ってしまいます。
これが長江さんにとって本当につらかったのは、当時すでに妻子を抱えていたから。
双子の息子と奥さんを養わなければならないのに、芸能の仕事が完全に途絶えてしまったわけです。
2016年に出演した「しくじり先生 俺みたいになるな!!」では、この暗黒時代をリアルに語り、「お世話になった人に不義理をして絶縁状態にならないための授業」として自分自身の経験を包み隠さず話しました。
暗黒期の後、イモ欽トリオのメンバーと腹を割って話し合ったことで絶縁状態が解消され、長江さんは少しずつ再起の道を歩み始めます。
家族の存在が長江さんの再起を後押しした可能性は高いですよね。
トリノ五輪コーチとしてのスノーボード活動
長江健次さんといえば、芸能活動だけでなくスノーボードの実力も本物というのが見逃せないポイントです。
もともと中学生時代からスキーを楽しんでいた長江さんですが、あるときスノーボードを試みてうまくできなかったことがきっかけで、逆に打ち込むようになったとのこと。
その結果、趣味の域を超えてスノーボードの選手として活躍するまでに腕を磨き、元五輪候補として知られるようになります。
そして2006年のトリノオリンピックでは、日本のスノーボードナショナルチームのコーチを務めるという大役を担いました。
現在も「長江健次スノーボードスクール」を運営しており、白馬五竜スキー場では自身の名前を冠した4時間耐久レースなども開催しています。
| 活動内容 | 詳細 |
|---|---|
| スノーボード経歴 | 元五輪候補 |
| トリノオリンピック | 2006年・全日本コーチ |
| スクール運営 | 長江健次スノーボードスクール |
| 競技イベント | 白馬五竜スキー場での4時間耐久レース |
しくじり先生後の現在の活動
2016年の「しくじり先生」出演以降、長江健次さんの活動の幅は広がり続けています。
テレビ・ドラマ・舞台といった芸能活動に加え、音楽活動も精力的に行っており、年間40本ほどのライブをこなしています。
毎年1月には神戸のライブハウス「チキンジョージ」で1週間にわたる定期ライブを主催しており、固定ファンも多い様子です。
ラジオでも活躍しており、FM世田谷「長江健次のDARADAラジオ」では毎週金曜日の13時から16時54分まで生放送を行っています。
2022年にはイモ欽トリオとしてデビュー41周年を記念した全国ツアーを実施し、山口良一さん・西山浩司さんとともに精力的に活動を続けています。
長江健次の妻・家族まとめ
- 長江健次は大阪府豊中市出身の俳優・歌手・タレントで、1964年7月17日生まれ
- 最初の結婚は1995年7月、相手は元客室乗務員の一般女性
- 最初の結婚では子供は授からず、1999年に離婚が成立
- 離婚理由は公表されていないが、仕事の不安定時期と重なる
- 最初の離婚から約4年後の2003年頃、一般女性と再婚
- 2回目の結婚はいわゆるできちゃった婚
- 再婚後に双子の男の子を授かり父親になる
- 息子たちは2003年頃生まれで、2026年現在は22〜23歳頃とみられる
- 一家の拠点は大阪で、長江さんは仕事のため東京にも別宅を持つ
- 現在の妻の名前・プロフィールは非公開で詳細不明
- 欽ちゃん・さんま・鶴瓶への不義理で芸能界を干され、妻子がいながら収入ゼロに転落した過去がある
- 2016年「しくじり先生」で苦しい過去を告白し再注目を集めた
- スノーボードの元五輪候補で、2006年トリノ五輪ではナショナルチームのコーチを担当
- 現在も音楽・芸能・スポーツの三刀流で活躍中
- 世間からは「妻子を支えながら再起した姿」への応援コメントが多い


