高須クリニックの院長・高須克弥さんといえば、「YES高須クリニック!」のCMでお馴染みですよね。
でも実は、家族構成がものすごく面白いんです。
亡き妻・高須シヅさんとの医師夫婦としての絆、そして3人の息子が全員医師になるという超エリート一家の実態、さらに漫画家・西原理恵子さんとの事実婚スタイルまで、知れば知るほど見えてくる高須家の「家族の物語」をたっぷりお届けします。
・高須克弥院長の妻(亡き高須シヅと西原理恵子)との関係と入籍しない理由
・息子3人(力弥・久弥・幹弥)の学歴・職業・現在の活躍
・実家・高須病院の歴史と明治から続く医師家系の全貌
高須クリニック院長・高須克弥の家族構成は?妻と息子3人のエリート医師家系
高須克弥さんの家族構成は、亡き妻・高須シヅさんと3人の息子から成る医師家系です。
そして今は、漫画家の西原理恵子さんと事実婚という形でパートナー関係を築いています。
まずは妻との出会いと、3人の息子それぞれの現在まで、くわしく見ていきましょう。
妻・高須シヅとの馴れ初めと学生時代の出会い
高須克弥さんの最初の妻は、高須シヅさんといいます。
シヅさんは1944年12月15日生まれ。高須院長が1945年1月22日生まれですから、なんとほぼ1ヶ月違いのほぼ同学年。2人は昭和大学医学部の同期として出会いました。
馴れ初めはとてもシンプルで、授業で隣の席に座ったことがきっかけだったそうです。
「席が隣だった」という、ある意味どこにでもありそうな出会いですが、2人はそこから交際に発展し、学生時代のうちに結婚まで至っています。
シヅさんはその後、昭和大学病院の産婦人科医として勤務。そして高須院長が1974年に高須クリニックを創設すると、今度はクリニックグループの実質的な経営者として活躍されました。
医師として現場に立ちながら、クリニックの経営も担うという二足のわらじ。しかも学界活動にも意欲的で、3人の息子をはじめ多くの美容外科医師を指導したとも言われています。
夫婦はまさに「仕事のパートナー」でもあったわけで、単なる家族以上の絆が2人の間にあったのではないでしょうか。
高須シヅの職業と実績
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 高須シヅ |
| 生年月日 | 1944年12月15日 |
| 職業 | 産婦人科医・美容外科医 |
| 出身校 | 昭和大学医学部 |
| 主な経歴 | 昭和大学病院産婦人科→高須クリニックグループ実質経営者 |
| 死去 | 2010年3月29日(享年65歳) |
高須シヅの死因と死別後の高須克弥
高須シヅさんは、2010年3月29日に転移性肺癌により65歳で亡くなられています。
高須院長が毎年その命日には追悼のつぶやきをしていたことはよく知られていて、「もうすぐ本当に会えるよ。待っててね。」という投稿が多くの人の胸を打ちました。
……なんか、ちょっと切なくないですか、あの言葉。
学生時代からずっと一緒に歩んできた人を急に失う辛さは、そう簡単に埋められるものではなかったはずです。
高須院長は、名古屋競馬場で「高須シヅ杯レース」というイベントが毎年開催されていることを明かしており、それほどシヅさんの存在がクリニック関係者にとっても大切な存在であったことが伝わってきます。
高須シヅさんの死は、高須克弥院長の人生の大きな転機であったと同時に、その後の西原理恵子さんとの関係へとつながる出来事でもありました。
西原理恵子との事実婚と入籍しない理由
高須克弥さんの現在のパートナーは、漫画家の西原理恵子(さいばら・りえこ)さんです。
西原さんは1964年11月1日生まれ。高須院長より20歳年下になります。代表作は『毎日かあさん』(映画化もされています)で、自由奔放な作風と波乱万丈な人生でも有名な漫画家さんですね。
2人の馴れ初めは少し面白いエピソードがあります。
もともとは西原さんが週刊誌のエッセイに、高須クリニックのCMについてこんなふうに書いたことがきっかけでした。
「高須クリニックのCMのなんと下品なことか。でも好きだ。あなたのお友達になってやってもいい」
これを読んだ高須院長が西原さんにファンレターを送り、2人の交流がはじまったのだとか。
当時はお互いに結婚していましたが、西原さんはその後、アルコール依存症の夫と離婚。夫がガンになると高須院長のアドバイスもあって同居を再開し、最期を看取ります。そして2010年、高須院長の妻・シヅさんも他界。
共に独身となった2人は、「信頼できる友達」から「恋人」へと関係が変わっていったのでした。
2012年に交際を公表し、現在も籍を入れずに事実婚という形を続けています。
入籍しない理由について高須院長はこう語っています。「籍を入れると面倒なことばかりで、両家の結びつきとかになってくるので。僕は彼女を個人的に好きで、いろんなしがらみは全部なしで付き合いたい。お互い独立した人格でお互い認め合っているから」
西原さんも「結婚って保険制度でしょう?私はもう全部自分だけで回っているから」と同じスタンスで、金銭的な援助も一切なし。2人の間でそれぞれが自立した関係を徹底しているのが印象的です。
生活スタイルとしては、高須院長が仕事で週3回東京を訪れる際に2人の時間を過ごす「通い婚」。高須院長の生活拠点は愛知県の250坪・17LDKという豪邸で、そこと東京を行き来する生活を送っています。
入籍ではなく事実婚というスタイルは、「遺産問題で西原さんを矢面に立たせたくない」という高須院長の配慮でもあるようです。
ORICON NEWSの会見では「長続きの秘訣は結婚しないこと」とユーモアたっぷりに語っており、2人の関係のあり方は多くの人の注目を集めています。
息子3人全員が医者!高須家の教育方針
高須克弥さんには、亡き妻・シヅさんとの間に3人の息子がいます。
- 長男:高須力弥(たかす りきや)
- 次男:高須久弥(たかす ひさや)
- 三男:高須幹弥(たかす みきや)
この3人全員が医師という、驚きの医者一家。
しかも、それぞれが高須クリニックに関わる形で活躍しており、嫁たちも医師という超エリート家系が完成しています。
3人の学歴を並べると以下のようになります。
| 名前 | 出身大学 | 専門分野 |
|---|---|---|
| 長男・力弥 | 愛知医科大学医学部(偏差値65) | 皮膚科医→経営 |
| 次男・久弥 | 松本歯科大学(偏差値40) | 歯科医師 |
| 三男・幹弥 | 藤田医科大学医学部(偏差値65〜67.5) | 美容外科医 |
高須家の教育方針については詳細な情報は明かされていませんが、「家族・親族に医者が多く、同じ科を選ぶと喧嘩になるので、家族にいない整形外科を選んだ」という高須院長本人のエピソードを見ても、医療の道が一族の空気のように根付いていることが伝わってきます。
親が医師、祖母も医師、ひいおばあちゃんも医師という環境で育てば、自然と医療の道に進んでいくのも不思議ではないのかもしれません。
長男・力弥は医師から経営者へ転身した経緯
長男の高須力弥さんは1970年生まれ。愛知医科大学医学部を卒業し(偏差値65のなかなかの難関校です)、当初は皮膚科医として活動していました。
高須クリニック東京院に勤務後、横浜院の副院長を務めるまでに至りましたが、2018年4月に医師として退職しています。
当時のTwitterにはこんな投稿がありました。
「高須クリニック東京院、横浜院副院長を退職いたしました。今後ともよろしくお願いいたします。」
その後は経営側へ転換し、現在は医療法人社団福祉会会長・高須クリニック名古屋院と大阪院の理事として、クリニックグループの経営を担っています。
臨床から経営へのシフト、というのは医師の家系でもなかなか大きな決断だと思いますよ。クリニックをビジネスとして成長させ続けるためには、現場の医療だけでなく経営の観点が欠かせない。力弥さんはそのポジションを担っているわけです。
高須克弥院長が創設した高須クリニックを、長男・力弥さんが経営面で支える構図が今の高須家には出来上がっています。
長男・力弥の嫁・高須敬子
力弥さんの妻は、高須敬子さん。高須クリニック大阪院の院長を務める女医さんです。
2人の出会いは愛知医科大学の頃。同じ講座に出席していたことがきっかけで出会い、結婚へと発展しました。
高須クリニックのCMにも出演されており、大阪エリアではお馴染みの顔とのこと。夫が経営側で、妻が臨床の現場でバリバリ活躍するというスタイルも、なかなか素敵なパートナーシップですよね。
次男・久弥は歯科医師として大阪院を支える
次男の高須久弥さんは、生年月日の詳細は非公開ですが、長男(1970年)と三男(1975年)の間に生まれたと考えられています。
松本歯科大学を卒業し、歯科医師として高須クリニック大阪院に勤務しています。
久弥さんのこんなコメントが高須クリニックのHPに掲載されています。
「両親にすすめられて、なんとなく歯学部に入学したのですが、いつも歯科には興味がもてず、ダラダラと生活していたら知らないうちに歯科にドップリとつかっていました。小さい頃からプラモデル作りなど、細かい作業が好きだったので、結果、細かい作業が多い歯科医師になって良かったと思います。」
なんともリアルで正直なコメントですよね。「なんとなく」「ダラダラ」という言葉がちょっとほっとさせてくれます(笑)。
でも、細かい作業が好きという素質がちゃんと歯科医師というキャリアにつながっているわけで、天職を見つけていると言えるのかもしれません。
久弥さんは全国でも数少ない「両利き」の歯科医師としても知られており、その技術力は本物のようです。
兄弟3人の中では比較的露出が少ないですが、大阪院を支える縁の下の力持ち的な存在といえそうです。
三男・幹弥はYouTuberとしても活躍する名古屋院院長
三男の高須幹弥さんは、1975年2月1日生まれ。高須克弥院長と高須シヅさんの息子で、兄弟3人の中でも特に世間への露出が多い存在です。
藤田医科大学医学部(旧・藤田保健衛生大学)を1999年に卒業後、同大学病院の麻酔救急科に入職。麻酔科標榜医を取得し、形成外科医として勤務するようになりました。
2001年に高須クリニックへ入職し、2007年には名古屋院の院長に就任。2005年には「単一植毛手術の研究」で医学博士号も取得しています。
美容外科医として現場に立ちながら、経営もこなし、さらに多彩な顔を持ちます。
柔道三段、ボディビルダー、そして投資家という側面も持つ多才な人物です。
幹弥のYouTube・ボディビル活動
2015年からはYouTubeチャンネルを開設し、美容整形に関する情報を発信する「美容整形系YouTuber」としても人気を博しています。
総再生回数は1億回以上、動画総数は1400本を超えるという驚きのスケール。
美容整形に関する正確な情報を広めたいという思いから始めたYouTube活動ですが、今や美容業界を代表するインフルエンサーの一人とも言えます。
美容外科医・高須幹弥さんは、父の名を引き継ぎながら、独自の発信スタイルで現代的な「高須クリニックの顔」として活躍しています。
高須クリニックの家族構成を調べる人向けの関連情報
高須克弥さんの家族構成は、妻・息子3人だけでなく、その実家や嫁たち、孫まで含めると壮大な「医師一家」の物語になっています。
ここからは、さらに詳しい関連情報をまとめてお伝えします。
実家・高須病院は祖母が明治に開いた3代続く医師家系
高須克弥さんの実家は、愛知県西尾市一色町にある高須病院です。
創業はなんと1911年(明治44年)。現在は「医療法人社団福祉会高須病院」という名前で地元の人たちに親しまれ続けています。
この病院を開業したのは、高須克弥さんの祖母・高須いまさんです。
いまさんは19歳で上京し、東京医学校で近代医学を習得。当時、全国に40人に満たなかった女医の一人として、故郷に高須院を開業しました。
時代は明治。女性が医師になること自体が非常に稀な時代に、女医として開業したいまさんの先進的な姿勢には本当に驚かされます。
いまさんが婿養子をとり、生まれたのが母・高須登代子さん(婦人科医)。さらに登代子さんが内科医の省吾さんを婿養子にとり、生まれたのが高須克弥さんです。
高須克弥さんはこの高須家にとって、なんと100年ぶりの男子誕生でした。ずっと女系で受け継がれてきた医師の家系に、ようやく男の子が誕生した——そのエピソードだけでも十分ドラマティックです。
ただ、克弥さんの父・省吾さんは、克弥さんがまだ中学1年生の時に亡くなっています。幼くして父を失いながら、医師一家の中で育ってきた経歴が、高須院長のキャラクターにも影響を与えているのかもしれません。
高須克弥さん自身は、「家族に医者が多く、同じ科を選ぶと喧嘩になるので、たまたま家族の中にいなかった整形外科を選んだ」と語っています。
高須病院は現在も地元・西尾市で診療を続けており、約700人の職員を抱える大きな組織に成長しています(2016年時点)。介護老人保健施設や訪問介護事業なども運営し、地域医療の中核を担い続けています。
高須力弥の嫁と高須幹弥の嫁も高須クリニック勤務の医師
高須克弥さんの息子たちの配偶者も、全員が医師というのが高須家の驚くべきところです。
長男・高須力弥さんの妻は高須敬子さん。高須クリニック大阪院の院長を務めています。
2人の出会いは愛知医科大学で、同じ講座に出席していたことがきっかけ。大阪のCMにも出演しており、西原理恵子さんが出演する東京版CMと並んで、高須家の女性たちがCMの顔を務めているのも面白いポイントです。
三男・高須幹弥さんの妻は高須英津子さん。美容皮膚科医で、高須クリニック名古屋院で美容皮膚科を担当しながら、実家の「ジュノクリニック」も継承して院長を務めるというパワフルな女性です。
高須家では夫婦そろって医師として高須クリニックに関わるという形が確立されており、まさに「一族を挙げてのクリニック運営」が実現しています。
英津子さんも高須クリニックのCMに出演しており、名古屋エリアではその顔がよく知られています。
| 名前 | 関係 | 職業・役職 |
|---|---|---|
| 高須克弥 | 本人 | 高須クリニック統括院長 |
| 高須力弥 | 長男 | 医療法人社団福祉会会長・理事 |
| 高須敬子 | 長男の妻 | 高須クリニック大阪院院長 |
| 高須久弥 | 次男 | 高須クリニック大阪院歯科医師 |
| 高須幹弥 | 三男 | 高須クリニック名古屋院院長 |
| 高須英津子 | 三男の妻 | 高須クリニック名古屋院美容皮膚科 / ジュノクリニック院長 |
三男・幹弥と嫁・英津子の間に生まれた3人の娘たち
三男・高須幹弥さんと妻・英津子さんの間には、3人の娘がいます。
2020年時点での学年は以下の通りです。
- 長女:高校2年生
- 次女:中学2年生
- 三女:小学6年生
3人とも南山大学附属の学校に通っているということで、高須家のお嬢様として育っていることが伺えます。
南山大学附属といえば、名古屋でも有数のカトリック系私立学校で、進学校として知られています。
高須克弥さんにとっては孫にあたる3人の女の子。2026年現在では大学生・高校生・中学生くらいの年齢になっているはずで、それぞれの道を歩み始めている頃でしょうか。
医師一家の中で育った彼女たちが将来どんな道を選ぶのかも、ちょっと気になりますよね。
高須克弥の孫たちは南山大学附属に通うお嬢様
高須克弥さんの孫として確認されているのは、三男・幹弥さんと英津子さんの娘3人です。
長男・力弥さんの間にも子供がいる可能性はありますが、現時点では公表されていません。
三男一家の3人の娘たちはすべて南山大学附属の学校に在籍しており(2020年時点)、祖父・高須克弥さんの影響力と経済力が教育環境にも反映されていることが伝わってきます。
祖母・高須シヅさんが医師として学問の重要性を体現した家系だからこそ、孫の世代においても教育への投資を惜しまない姿勢がうかがえます。
なお、高須克弥さん自身は「お金は全部使い切って死にたい」と豪語しており、遺産相続については独自のスタンスをお持ちのよう。孫たちへの財産相続がどうなるかも、いつか明かされる日が来るかもしれませんね。
高須クリニックの家族構成のまとめ
- 高須克弥の出身は愛知県西尾市。実家は1911年創業の高須病院で3代続く医師一家
- 祖母・高須いまは明治時代に全国で40人以下しかいなかった女医として開業した先駆者
- 最初の妻・高須シヅさんは昭和大学医学部の同期で隣の席が馴れ初め
- 高須シヅさんは2010年3月29日、転移性肺癌で65歳で逝去
- 現パートナーは漫画家・西原理恵子さん。2012年に交際公表、籍は入れずに事実婚を継続
- 入籍しない理由は「しがらみなしで愛し合いたい」「遺産問題で西原さんを矢面に立たせたくない」
- 週3回の東京滞在時のみ会う「通い婚」スタイル
- 息子は3人。長男・力弥、次男・久弥、三男・幹弥、全員が医師
- 長男・力弥は愛知医科大学卒の皮膚科医から経営者に転身、現在は福祉会会長・クリニック理事
- 次男・久弥は松本歯科大学卒の歯科医師、高須クリニック大阪院勤務。両利きの技術で定評
- 三男・幹弥は藤田医科大学卒の美容外科医、名古屋院院長。YouTuber・ボディビルダー・投資家の顔も
- 長男の嫁・高須敬子は高須クリニック大阪院院長。愛知医科大学で力弥と出会い結婚
- 三男の嫁・高須英津子は高須クリニック名古屋院勤務の美容皮膚科医。実家のジュノクリニックも運営
- 三男・幹弥と英津子の間には娘3人。2020年時点で全員南山大学附属の学校に在籍
- 高須クリニックは事実上、高須一族によるファミリービジネスとして運営されている

