矢沢永吉さんの妻・マリアさんを知っていますか?
35億円という天文学的な借金を抱えたとき、彼女のたった一言が矢沢さんを救ったというエピソードは、知ったらきっと2人のことがもっと好きになると思います。
不倫から始まった略奪愛がなぜ35年以上続く本物の絆に変わったのか、マリアさんのプロフィールから馴れ初め、子供のことまで詳しくまとめました。
・矢沢マリアのプロフィール(年齢・国籍・元夫・モデル経歴)
・矢沢永吉との馴れ初めと1990年の結婚の経緯
・35億円の借金を乗り越えたマリアの名言と夫婦の絆
矢沢永吉の妻マリアのプロフィールと馴れ初め
日本ロック界の頂点に立ち続ける矢沢永吉さんの隣には、常にマリアさんの存在がありました。
元モデルでありながら実業家としての顔も持つマリアさんとはどんな人物なのか、2人がどのように出会い、結婚に至ったのかを詳しくご紹介します。
元モデルのアメリカ人クォーターというプロフィール
矢沢永吉さんの妻・マリアさんは、日本人とアメリカ人のクォーター(4分の1の外国の血筋)という、日本人離れした美貌の持ち主です。
生年は1954年生まれと言われており、2026年現在で71歳前後と推定されています。
矢沢永吉さんが1949年9月14日生まれの76歳ですから、約5歳年下ということになりますね。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 矢沢マリア |
| 生年 | 1954年(推定) |
| 年齢 | 71歳前後(2026年現在) |
| 出自 | 日本人とアメリカ人のクォーター |
| 職業 | 元モデル、実業家 |
| 夫 | 矢沢永吉 |
| 子供 | 長女・矢沢洋子、長男・次男(計3人) |
公式には生年月日が発表されていませんが、過去の週刊誌の報道や、娘の矢沢洋子さんのSNS投稿などから逆算すると1954年生まれという情報が複数のソースで確認されています。
彫りの深い目元やすらっとした鼻筋など、日本人離れした端正な顔立ちは、そのアメリカ人の血筋から来ているものでしょう。
かつてはモデルとして活躍し、その後は実業家へと転身した、非常に多才な女性です。
実業家としての顔
1980年頃、当時週刊誌に取り上げられたマリアさんは、28歳という若さで都内にフランス料理店を経営する若手実業家として紹介されていました。
モデルとしての美貌だけではなく、ビジネスセンスまで兼ね備えていたマリアさん。
のちに矢沢永吉さんが35億円という巨額の借金を背負った際、このビジネスマインドが大きな助けになったのは言うまでもありません。
現在は矢沢さんの事務所の運営サポートや、家族の健康管理など、裏方として夫を支え続けているようです。
プライベートを積極的に公開することはなく、メディアへの露出も最小限に抑えている、ミステリアスな一面もあります。
元夫は世界的デザイナー・熊谷登喜夫
矢沢永吉さんと結婚する前、マリアさんには一度の離婚歴があります。
その相手が、日本ファッション界では知らない人がいないほどの大物、ファッションデザイナー・熊谷登喜夫さんです。
熊谷登喜夫さんは、ファッション業界で最も権威ある賞のひとつである装苑賞を受賞したデザイナーで、その指導のもとからはコシノジュンコさん、高田賢三さん、山本寛斎さん、山本耀司さんといった、後に世界で活躍する錚々たるデザイナーを輩出しています。
モデルとして活躍していたマリアさんと、世界的なデザイナーとして名声を確立しつつあった熊谷さん。
ファッション業界という共通のフィールドで出会った2人の結婚は、当時のファッション業界において注目を集めたことでしょう。
しかしその後、マリアさんと熊谷さんは離婚。
2人の関係がどのような経緯で終わったのかは詳細には伝わっていませんが、その後マリアさんは矢沢永吉さんと新たな人生を歩むことになります。
熊谷登喜夫の死去
熊谷登喜夫さんは1987年、エイズによって世を去っています。
まだエイズという病気への理解が乏しかった時代に、日本を代表するファッションデザイナーがその病と闘ったというニュースは、当時の日本社会に大きな衝撃を与えました。
享年45歳という若さでの死去でした。
マリアさんにとって、最初の結婚の相手がこのような形で亡くなるというのは、相当な悲しみがあったことでしょう。
そのような波乱に満ちた人生の中で、矢沢永吉さんという新たなパートナーと歩む選択をしたマリアさんの強さが感じられます。
LAで出会った矢沢永吉との馴れ初め
マリアさんと矢沢永吉さんの出会いは、1977〜1978年頃のロサンゼルスだったと言われています。
ちょうどその頃、矢沢さんはソロアーティストとして国内で確固たる地位を築き、海外展開を視野に入れてアメリカでの活動に力を入れていた時期でした。
一方のマリアさんは、アメリカ人の血を引くクォーターとして、ロサンゼルスを拠点にモデル活動をしていた頃です。
矢沢さんにとってマリアさんは、単なる恋愛相手というより、「仕事の相談ができる対等なパートナー」でもありました。
当時の妻・すみ子さんが「仕事を家庭に持ち込まないで」というスタンスだったのに対し、マリアさんは音楽や仕事の悩みをすべて受け止め、時には率直な意見を述べてくれる存在だったといいます。
矢沢さんが後に「これほどまでに強く、心の優しい女性と出会えたことは、人生の最大の幸運だった」と語っているほど、この出会いは彼の人生に大きな影響を与えました。
不倫から始まった略奪愛と1990年の再婚
2人の関係は、当初は「不倫」という形から始まりました。
当時の矢沢さんにはすでに妻・すみ子さんとの間に子供もおり、マリアさん側にも婚姻関係があったとされています。
そして1985年に2人の間に長女・矢沢洋子さんが誕生。
これが決定打となり、矢沢さんは前妻・すみ子さんとの17年間の結婚生活に終止符を打つ決意をします。
矢沢さんは洋子さんを初めて抱いた時の心境を後にインタビューでこう語っています。
「東京に帰って初めて娘を抱いたとき、よく生まれてきてくれたと思った。今は大変な思いをさせるかもしれないが、必ず矢沢の姓にして幸せにしてやると誓った」
1989年、矢沢さんは前妻・すみ子さんと正式に離婚。
その翌1990年、矢沢永吉さん(当時40歳)はマリアさんとの再婚を果たします。
結婚式はアメリカ・カリフォルニア州サンタバーバラで行われました。
不倫という形から始まりながらも、真剣に向き合い続けた末に生まれた、本物の絆だったと言えるのではないでしょうか。
35億円の借金をマリアの一言で救った
矢沢永吉さんの人生における最大の危機——それが1998年の35億円詐欺事件です。
信頼していたスタッフによるオーストラリアのスタジオ建設計画をめぐる横領で、矢沢さんは35億円という天文学的な額の借金を一夜にして背負うことになりました。
そんな矢沢さんを救ったのが、妻・マリアさんのたった一言でした。
「お酒もいっぱい飲んだでしょ?飽きたよね。たしかに大変な額だけど、矢沢永吉が本気を出したら返せないお金じゃないから」
マリアさんの「矢沢永吉が本気を出したら返せないお金じゃない」という言葉は、矢沢さんにとって人生最大の転機となった名言です。
その結果、矢沢さんはわずか6年で35億円という借金を完済。
銀行の担当者からは「返済の優等生」と称されるほどの見事な完済でした。
矢沢永吉が語る妻への揺るぎない信頼
35億円の借金を完済した後、矢沢さんはインタビューでこんな言葉を残しています。
「俺が今あるのはマリアのおかげ」
そんなマリアさんとの関係は、単なる夫婦を超えて「戦友」のような強い絆で結ばれている——矢沢さんは繰り返しそう語ってきました。
1990年の結婚から35年以上が経った今も変わらぬ絆を育み続ける2人の姿は、多くのファンに勇気を与え続けています。
ファン・世間の声
ネット上では、矢沢さんとマリアさんへの好意的な声が多く見られます。
「35億の借金をたった一言で立ち直らせたマリアさんはすごい」「不倫から始まった恋でも、本物の愛に変わることがあるんだなと思った」「70代を超えてもあれだけ現役でいられるのは、マリアさんの支えがあってこそ」といった声がSNSや掲示板に多く投稿されています。
矢沢永吉との間の子供は歌手・矢沢洋子ら3人
矢沢永吉さんとマリアさんの間には、長女・矢沢洋子さんと2人の息子(長男・次男)の計3人の子供がいます。
| 子供 | 詳細 |
|---|---|
| 長女・矢沢洋子 | 1985年11月12日生まれ。歌手・モデルとして活躍 |
| 長男 | 詳細非公表 |
| 次男 | 詳細非公表 |
中でも最もよく知られているのが、長女の矢沢洋子さんです。
2009年の東京ドーム公演では念願の親子初共演。サントリー「ザ・プレミアム・モルツ」のCMでも親子で共演し、その仲睦まじい姿は大きな話題を呼びました。
2017年にはベーシストのU.G(元ギターウルフ)さんと結婚。
2021年1月に第1子女児、2022年10月に第2子女児を出産し、矢沢永吉さんは今や「じいじ」として孫娘たちを溺愛しているそうです。
矢沢永吉の妻マリアを調べる人向けの関連情報
矢沢永吉さんの妻マリアさんについて調べると、前妻・すみ子さんとの関係や子供の人数、そして矢沢さんの名曲「MARIA」との関係など、気になる情報がたくさん出てきます。
ここでは関連情報をまとめてご紹介します。
前妻・すみ子との離婚理由
矢沢永吉さんが最初に結婚したのは、すみ子さんという女性です。
2人は1972年に結婚し、長男・栄一郎さん、次男・寛十郎さん、長女・綾子さんの3人の子供に恵まれました。
離婚の大きな理由として語られるのが、「仕事への向き合い方の違い」です。
すみ子さんは「仕事を家庭に持ち込まないで」というスタンスで、矢沢さんの音楽活動に対して完全には理解を示せなかった面があったようです。
しかし1985年にマリアさんとの間に長女・洋子さんが誕生したことが決定的な別れのきっかけとなり、1989年に2人は正式に離婚。
17年間の結婚生活に終止符が打たれました。
矢沢永吉の子供は前妻と合わせて6人
矢沢永吉さんの子供は、前妻・すみ子さんとの間の3人と、現妻・マリアさんとの間の子供を合わせると、計6人というのが多くのサイトで伝えられている情報です。
| 母親 | 子供 | 備考 |
|---|---|---|
| 前妻・すみ子 | 長男・栄一郎 | 詳細非公表 |
| 前妻・すみ子 | 次男・寛十郎 | 詳細非公表 |
| 前妻・すみ子 | 長女・綾子 | 詳細非公表 |
| 現妻・マリア | 長女・洋子 | 歌手・モデルとして活躍 |
| 現妻・マリア | 長男 | 詳細非公表 |
| 現妻・マリア | 次男 | 詳細非公表 |
公の場に出ているのは、歌手・矢沢洋子さんのみ。
矢沢さんは「お金は自分で稼ぐものだ」と教えて育てたとのことで、親の七光りに頼ることなく各自が自立した生活を送っているのでしょう。
妻への愛情を込めた名曲「MARIA」
矢沢永吉さんの楽曲の中に、「MARIA」という名曲があります(1996年7月3日リリース)。
作曲は矢沢永吉さん本人、作詞は高橋研さんです。
タイトルが妻・マリアさんの名前と同じであることから、この楽曲がマリアさんへの愛情を込めた曲だと多くのファンは受け取っています。
また、それより以前の1979年に発表された楽曲「過ぎゆくすべてに」の歌詞にも「マリア」という言葉が登場します。
2人の出会いが1977〜1978年頃だったことを考えると、出会ってほどなくして彼女のことを想って書かれた曲だった可能性がありますね。
マリアの年齢と国籍
マリアさんの年齢については、1954年生まれ・71歳前後(2026年現在)という情報が複数のソースで語られています。
公式な生年月日の発表はないため、あくまで推定となります。
国籍については「アメリカ国籍」という情報が有力です。
ただし国籍についても公式な発表はなく、「アメリカ国籍説が有力」という状況です。
70歳を超えた今も、モデル時代から培われたスタイルの良さと若々しさはファンの間で語り草になっています。
矢沢さんが現役でステージに立ち続けられているのも、マリアさんという最強のパートナーあってこそでしょう。
矢沢永吉の妻マリアのまとめ
- 矢沢マリアは日本人とアメリカ人のクォーターで、1954年生まれ(推定)の元モデル・実業家
- 生年月日は非公表だが、2026年現在71歳前後と推定されている
- 国籍はアメリカという説が有力だが、公式発表はない
- 最初の結婚相手は世界的ファッションデザイナー・熊谷登喜夫(1987年エイズで死去)
- 矢沢永吉との出会いは1977〜1978年頃のロサンゼルスとされる
- 当初は矢沢永吉の前妻・すみ子との婚姻中に始まった不倫関係だった
- 1985年に2人の間に長女・矢沢洋子が誕生
- 矢沢永吉が1989年に前妻・すみ子と離婚後、1990年にマリアと再婚
- 結婚式はアメリカ・カリフォルニア州サンタバーバラで行われた
- 1998年の35億円詐欺事件では「矢沢永吉が本気を出したら返せないお金じゃない」という名言で矢沢を救った
- 矢沢永吉は6年間で35億円の借金を完済、マリアのビジネスセンスも大きな助けとなった
- マリアとの間の子供は長女・矢沢洋子(歌手)、長男・次男の計3人(Wikipediaには2女2男との記述もあり)
- 矢沢永吉の前妻・すみ子との間にも3人の子供がいるため、計6人の子持ち
- 長女・洋子はベーシストU.Gと結婚し、2人の娘を出産。矢沢永吉は孫を持つ祖父でもある
- 矢沢永吉の楽曲「MARIA」(1996年)は妻への愛情を込めた曲とされている
- 前妻・すみ子との離婚理由は「仕事への向き合い方の違い」とマリアとの不倫・婚外子誕生
- 矢沢永吉はマリアを「戦友のような存在」と語り、2人の絆は35年以上続いている


