上村礼王の実家エピソード!祖父の『頑張れよ』でアーティストを目指した少年の話

上村礼王の実家エピソード!祖父の『頑張れよ』でアーティストを目指した少年の話

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BE:FIRSTのLEO(上村礼王)さんの実家が、実は東京都板橋区にある可能性が高いと知ったとき、思わず「そこなんだ!」となりませんでしたか。

今はもう亡くなってしまった香川のおじいちゃんから「頑張れよ」というたった一言をかけてもらい、それがアーティストを目指す原点になったというエピソード——この話、知ったらきっとLEOさんのことがもっと好きになると思います。

この記事では、LEOさんの実家の場所や、職人のお父さん、ダンサーのお兄さんなど、素敵な家族の素顔まで詳しくご紹介します。

この記事を読むとわかること
・上村礼王(LEO)の実家が板橋区のどのあたりにあるのか
・父親の職業や両親との関係、幼少期のエピソード
・兄・SHOTAのプロフィールやアーティストを目指したきっかけ

上村礼王の実家は板橋区!両親と家族の素顔に迫る

BE:FIRSTのLEO(上村礼王)さんは、東京都出身のアーティストとして多くのファンを魅了していますよね。

そんなLEOさんの実家や家族構成が気になっている方も多いのではないでしょうか。

ここでは実家の場所や両親の素顔など、調べてわかったことをまとめてご紹介します。

実家は東京都板橋区の中丸町か南町の可能性が高い

LEOさんの実家がどこにあるのか気になっている方、多いですよね。

出身地については、LEOさん本人が2023年3月12日放送のラジオ番組「澤本・権八のすぐに終わりますから。」で「東京です」とハッキリ公言しています。

その東京の中でも、特に注目されているのが「板橋区」という情報です。

なぜ板橋区という情報が出てきたかというと、2010年3月に発行されたNPO法人「センスオブアース・市民による自然共生バンケア」の活動記事に、「板橋区立板橋第五小学校」の当時小学5年生として「上村礼王」という名前が掲載されていたことがきっかけ。

「上村礼王」という名前はとても珍しいため、同姓同名の可能性は極めて低く、本人の記録である可能性が高いと見られています。

では実家がある具体的なエリアはどこなのか?ということですが、板橋区のHPによると「板橋区立板橋第五小学校」の通学区域は「中丸町」と「南町」の2つ。

通学区域 所在
中丸町 東京都板橋区
南町 東京都板橋区

つまり、LEOさんの実家は東京都板橋区の中丸町か南町にある可能性が高いということになります。

ただし、あくまでも小学校の通学区域から逆算した情報で、LEOさん本人が実家の場所を公表しているわけではないので、その点はご注意を。

東京都板橋区出身という事実はLEO本人が公言しており、実家エリアは板橋区内の中丸町・南町の可能性が高い。

父親は職人で日曜しか休みがないほど多忙な人

LEOさんは、自身のポッドキャストでお父さんについて言及していたことがあります。

その内容というのが、

  • 日曜日しか休みがない
  • 職人

という2つのキーワードです。

週に1日しか休みがないというのは、かなりハードなスケジュールですよね。

それだけストイックに仕事に向き合うお父さんの背中を見て育ったLEOさん。

そのお父さんへの思いを、別のインタビューでこのように語っています。

「自分自身も親父の背中というのは大きくて。人としても親父が1つの憧れでもあったので親子という関係は少しだけですが刃牙と似ているところがあります。」(BE:FIRST 思い出深い親子エピソード|entax)

このコメントは、漫画『刃牙』のアニメ版の主題歌をBE:FIRSTが担当した際のインタビューでのものですが、それほど父親のことを強く慕っていることが伝わってくる言葉ですよね。

……なんか、いいですよね。

仕事に全力で向き合う父親の背中を見て、「人として憧れ」と言える息子。そんな関係性、素敵だなあと思います。

父親の推定年齢

父親の年齢については公表されていませんが、兄・SHOTAさんが2025年時点で28歳前後であることが確認されています。

一般的に第一子の誕生時の親の年齢が20代前半〜後半であることを考えると、LEOさんの父親は現在50代前後である可能性が高いでしょう。

あくまで推測の域を出ませんが、「職人として毎日ハードに働く50代の父」という姿が浮かんできますね。

父親への尊敬!幼少期から戦争と平和を教わった日々

LEOさんとお父さんの関係で、もう一つ印象的なエピソードがあります。

それが、幼少期から戦争・平和について教えてもらっていたというもの。

「僕の祖父や父は、戦争のことをきちんと知っておくべきだと僕に常々語っていて、戦争についていろんなことを教えてもらいながら育ちました」(FRaU the Earth)

小さい頃から家族で戦争の博物館に度々訪れていたというLEOさん。「辛い現実が起こっていたことに心が痛かった」と話していました。

若い世代で、家族ぐるみで戦争のことを学ぶという経験をしている人はなかなか少ないですよね。

そういった教育方針の下で育ったことが、LEOさんの「人を大切にする」姿勢や、言葉への責任感につながっているのかもしれません。

父親から「職人としての誠実な働き方」と「歴史・平和への真摯な姿勢」の両方を受け継いだLEOさんの人間性が、今の彼を作っている。

BE:FIRSTのリーダー的存在として、メンバーへの気遣いや思いやりが高く評価されているLEOさんですが、その根っこにはこういった家庭環境があったんですね。

母親の詳細は非公表だが温かい家庭で育った

お母さんについては、残念ながら名前・年齢・職業などの詳細は一切公表されていません。

ただ、一つのエピソードが印象に残っています。

LEOさんが中学生の頃、音楽に興味を持ちその道に進みたいと思っていた時期、お母さんは母方のおばあちゃんの介護に忙しくしていたそう。

そのタイミングでは言い出せず、少し寂しい思いをしていたとLEOさんは語っています。

介護という大変な状況の中でも家族を支えるお母さんの姿を見ながら、自分の夢を伝える機会を伺っていた当時のLEOさん……読んでいてこちらまで切なくなりますね。

一方で、その気遣いのできる性格こそが今のLEOさんを形作っているとも言えます。

また、お兄さんのSHOTAさんがSNSで「親父はこういう女と結婚しろよと母さんの尻を叩きながら言ってくる」というような投稿をしていたこともあり、ご両親がとても仲良しで楽しそうな家庭であることが伝わってきます。

家族全員が仲良し。温かく賑やかな家庭で育ったことが、LEOさんの人懐っこさの原点かもしれませんね。

実家への世間の声・ファンの反応

LEOさんの実家や家族にまつわる情報がファンの間でも大きな話題を呼んでいます。

特によく見られるのは、「家族ぐるみで素敵」「父親のエピソードが好きすぎる」「板橋区ファンが増えた(笑)」といった声です。

職人として黙々と働くお父さん、戦争博物館に一緒に行ってくれた祖父と父、介護で大変な中でも家族を守り続けたお母さん……こういった家族の姿が、LEOさんという人間を形成していると多くのファンが感じているようです。

また、「板橋区出身というギャップが好き」「板橋区のイメージが変わった」という声も。

確かに、あのビジュアルと板橋区というギャップはなんとなく意外で、でもどこか親近感が持てる感じがしますよね。

上村礼王の実家を調べる人向けの関連情報

上村礼王さんの実家を気になって調べている方の中には、「ハーフなの?」「お兄さんの情報が気になる」「学歴はどこ?」という疑問をお持ちの方も多いはず。

ここでは実家に関連する気になるトピックをまとめてご紹介します。

ハーフではなく純日本人!誤解が広まった理由

LEOさんを見た多くの人が「この人ハーフなのかな?」と思うようですが、LEOさんはハーフではなく、純粋な日本人です。

では、なぜハーフ疑惑が浮上したのでしょうか。その理由はいくつかあります。

まず第一に、目鼻立ちがはっきりしたイケメン顔であること。

ジャニーズ事務所のSnow ManのラウールさんともSNSでよく比較され、「ハーフ顔同士で似ている」と話題になったことが一つの要因です。

次に、「礼王(レオ)」という名前が外国人っぽく聞こえること。

確かに「レオ」という読みはイタリア語や英語にもある名前ですし、外国由来に見えてしまうのも無理はないですね。

そして三つ目が、インスタグラムに韓国語の投稿が多いこと。

ただ、これについてはLEOさん本人がしっかり説明しています。

「韓国には半年間ほど行って帰国して、みたいな感じで。日本の事務所、韓国の事務所、また日本の事務所、という感じでやっていました」

アーティストを目指す過程で韓国の事務所にも所属し、活動した経験があるためで、韓国にルーツがあるわけではないとのこと。

実際に、2023年3月12日放送のラジオ番組「澤本・権八のすぐに終わりますから。」でも出身地について「東京です」と明言しており、海外にルーツがあることは公言していません。

また、同番組で「香川県に親戚がいるんですけど、今はもう亡くなってしまった香川のおじいちゃんに会いに行った時に」と発言しており、親戚は香川にいることも確認されています。日本の中のルーツとしては香川県に縁があるという情報が、LEOさん本人の口から語られています。

兄・SHOTAはMAVERICKのダンサーでイケメン兄弟

LEOさんには1歳か2歳上のお兄さんがいます。その名前はSHOTA(しょうた)。

SHOTAさんはただの一般人ではなく、関東を拠点に活動するヒップホップダンスチーム「MAVERICK」のメンバーとして活躍するダンサーです。

MAVERICKは、2019年に開催されたダンスコンテスト「BIG BANG TOKYO」でなんと優勝しているという実力派チーム。

項目 詳細
グループ名 MAVERICK
ジャンル ヒップホップダンス
拠点 関東
実績 2019年「BIG BANG TOKYO」優勝

SHOTAさんとLEOさんは仲がよく、SHOTAさんは2019年1月14日のTwitter(現X)に「礼王も、もう成人式か おめでとう弟よ」と投稿して弟の成人をお祝いしていたことが確認されています。

また、「兄の借りてきたDVDを一緒に観たり、その逆もありましたね」とLEOさんがインタビューで語っていたように、家族全員が映画好きで兄とよく一緒に映画を観に行っていたそう。

LEOさんとSHOTAさんは目元がそっくりで、どちらも顔が整っているイケメン兄弟として話題になることも多いです。

兄弟揃ってダンス・歌・パフォーマンスの道に進んでいるというのも、なんだかドラマチックですよね。

兄・SHOTAさんはMAVERICKのダンサーとして活躍するイケメンで、2人の仲はとても良好。芸能一家と呼んでもいいかもしれない。

学歴は板橋区の小中学校から都立高校へ

LEOさんの学歴については公表はされていませんが、いくつかの状況証拠から推測できることがあります。

まず小学校については、前述の通り「板橋区立板橋第五小学校」の可能性が高いとされています。

NPO法人の記事に2010年3月時点で小学5年生として名前が記録されていたためです。

学校段階 推測される学校 根拠
小学校 板橋区立板橋第五小学校 NPO法人記事への記録(2010年)
中学校 板橋区立板橋第二中学校 板橋第五小の通学区域の中学校
高校 東京都立板橋高等学校など 制服の類似・活動拠点

中学校については、板橋第五小学校の通学区域に対応する中学校が「板橋区立板橋第二中学校」であることから、そちらへの進学が推測されています。

ただし、これはあくまで通学区域からの逆算であり、確定情報ではありません。

高校については、俳優の山崎賢人さんが通っていたことで知られる「東京都立板橋高等学校」ではないかという説があります。

別の芸能人のSNSに、LEOさんと思しき制服姿の写真が投稿されており、その制服が板橋高等学校のものと似ているとして話題になりました。偏差値は45程度の学校です。

ただし、LEOさんは高校1年生の頃からエイベックス・アーティストアカデミー東京校に通い始めており、ボイストレーニングや練習生活動を並行していたことも語っています。

芸能活動と学業を両立していた時期のことを考えると、「芸能人が通いやすい学校」という可能性も考えられます。

高校の詳細は非公表だが、板橋区内の小中学校に通っていた可能性が高く、高校時代から本格的な芸能活動をスタートさせていたことが確認されています。

祖父の「頑張れよ」がアーティストを目指すきっかけに

LEOさんのアーティスト人生を語るうえで、絶対に外せないエピソードがあります。それが、香川のおじいちゃんとのやり取りです。

LEOさんはラジオ番組で、このような話をしています。

「今はもう亡くなってしまった香川のおじいちゃんに会いに行った時に、僕が『アーティストになりたいんだよね〜』ってそれとなく言ったら、おじいちゃんが『頑張れよ!』ってひと言だけ言ってくれて」

当時、周囲からアーティストを目指すことを否定されていたLEOさんにとって、祖父のこのひと言がどれほど大きな支えになったか……読んでいてこちらまで胸が熱くなりますね。

「頑張れよ」というたった一言ですが、否定されていた時期だからこそ、その言葉の重さは計り知れないものだったのでしょう。

そして、その祖父はすでに他界されているとのこと。

大切な人を失いながらも、その言葉を胸に音楽を続けてきたLEOさんの姿が目に浮かぶようです。

LEOさん自身も「誰かのたった一言」になれるように、言葉に責任を持って音楽を届けようと心掛けているのだとか。

祖父からもらった言葉の温もりを、今度は自分が誰かに届ける——そんな思いで活動しているのだとしたら、LEOさんの歌やパフォーマンスの背景にある「伝えたい」という気持ちがより一層胸に響きますよね。

香川のおじいちゃんからの「頑張れよ」というひと言が、LEOさんのアーティスト人生のスタートラインだった。

中学時代に野球部の悩みで落ち込み音楽に救われたエピソード

実はLEOさん、小学校から中学校まで野球をしっかりやっていたスポーツ少年でした。

本気でプロ野球選手を目指していた時期もあったほどです。

しかし、中学生の頃、野球部での悩みで深く落ち込んでしまったことがあったそう。そのとき背中を押してくれたのが「音楽」でした。

スポーツに人生を賭けていた少年が、悩んだ末に音楽という新たな道に目を向けた——そのターニングポイントがあったからこそ、今のLEOさんがいるわけですね。

野球で培ったチームワークや「仲間と一緒に頑張る」という精神は、BE:FIRSTとしての活動にも活きているのかもしれません。

練習生時代の経歴とBE:FIRSTデビューまでの道のり

LEOさんがBE:FIRSTとして活躍するまでには、長い長い下積み期間がありました。

高校1年生の時点でエイベックス・アーティストアカデミー東京校に入会し、ボイストレーニングを開始。

その後、育成生として韓国での研修も経験しています。

LEOさんが在籍・活動してきたグループを時系列でまとめると以下の通りです。

時期 グループ名 詳細
2016年 change 結成・同年解散
2016年〜 dino 11人組ダンス&ボーカルユニット
2017年〜 B×B(BXB) 男性6人組ユニット
2020年春 avex育成生契約終了 自分の意志で解除
2021年 BE:FIRST 「THE FIRST」オーディションを経てデビュー

何度もグループが変わり、一度は自ら育成生の契約を終了するという選択もしたLEOさん。

それでも諦めずにアーティストの夢を追い続け、「THE FIRST」オーディションに挑んだわけです。

そのオーディションで、LEOさんはBE:FIRSTの生みの親であるSKY-HIさんと出会います。

LEOさんはラジオでこのように語っています。

「僕は元々、SKY-HIさんのMVに出たことがあって。初めてSKY-HIさんに会った時にすごく丁寧に『よろしくね、よろしくね!』って一人ひとりに挨拶してくれて。自分の好きなマーベルの話を聞いてくれたりとか、そういうので人としてすごく好きになりました。」

高校1年生から約5〜6年間の練習生期間を経て、2021年にBE:FIRSTとしてデビュー。長い下積みを乗り越えてつかんだステージであることがよくわかるエピソードです。

LEOさんのBE:FIRSTデビューまでの道のりは、失敗・解散・契約終了を経てなお諦めなかった信念の歴史だった。

上村礼王の実家のまとめ

  • 上村礼王(LEO)は1998年9月8日生まれ、東京都出身、血液型O型、身長179cm
  • 出身地は本人がラジオ番組で「東京です」と公言している
  • 実家は東京都板橋区の中丸町か南町の可能性が高い(小学校の通学区域から推測)
  • 出身小学校は板橋区立板橋第五小学校の可能性が高い(NPO記事に記録あり)
  • 中学校は板橋区立板橋第二中学校の可能性がある(通学区域の推測)
  • 高校は東京都立板橋高等学校など複数の説がある(未公表)
  • 家族構成は父・母・兄の4人家族
  • 父親は職人で「日曜しか休みがない」と本人がポッドキャストで語っている
  • 父親のことを「人としても憧れ」と語っており、尊敬の念が伝わる
  • 父・祖父から幼少期に戦争・平和について熱心に教えてもらった
  • 母親の詳細は非公表。中学時代、母方祖母の介護中で夢を言い出せなかったエピソードあり
  • ご両親は仲が良く、温かい家庭環境で育ったことが兄のSNS投稿からも伝わる
  • 兄・SHOTAはヒップホップダンスチーム「MAVERICK」のメンバーで実力派ダンサー
  • MAVERICKは2019年「BIG BANG TOKYO」で優勝している
  • ハーフ疑惑があるが日本人であることは本人が明言している
  • 香川県に親戚(おじいちゃん)がいた。祖父の「頑張れよ」という一言がアーティストを目指すきっかけになった
  • 幼少期は野球少年で、中学時代の悩みをきっかけに音楽に惹かれ始めた
  • 高校1年からエイベックス・アーティストアカデミー東京校で練習生として活動開始
  • 「change」「dino」「B×B」と複数のグループを経験し、2020年に自ら育成生契約を終了
  • 「THE FIRST」オーディションを経て2021年にBE:FIRSTとしてデビューを果たした

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