ボサノヴァの女王・小野リサさんの学歴について気になっている方は多いのではないでしょうか。
実は中学生時代、ギターを習うために九州まで1人で通っていたというから驚きです。
この記事では、小野リサさんの出身高校や大学の情報に加え、家族構成や代表曲、現在の活動まで詳しくまとめました。
・小野リサの出身高校は頌栄女子学院で大学には進学していない可能性が高いこと
・中学時代に九州までギターを習いに通い15歳で弾き語りを始めた音楽の原点
・父親・母親・夫・子供など家族構成と現在の活動状況
小野リサの学歴は頌栄女子学院高校卒で大学は不明
ボサノヴァの女王として知られる小野リサさんですが、その学歴については意外と知られていません。
ここでは出身高校や大学の情報、そして学生時代の音楽エピソードまで詳しくまとめていきます。
出身高校は港区の頌栄女子学院高等学校
小野リサさんの出身高校は、東京都港区白金台にある頌栄女子学院高等学校です。
頌栄女子学院は中高一貫の私立女子校で、英語教育に力を入れていることで知られています。
キリスト教主義の学校で、品のある校風が特徴ですね。
小野リサさんは10歳でブラジルから日本に帰国しているので、中学から日本の学校に通い始めたことになります。
帰国子女としての背景を考えると、英語教育が充実した頌栄女子学院を選んだのも納得できるかなと思います。
頌栄女子学院高校の偏差値と特徴
頌栄女子学院は中学受験が主な入口となる中高一貫校です。
偏差値は中学入試の段階で60前後とされており、都内でも上位に位置する進学校です。
帰国子女の受け入れにも積極的で、国際色豊かな環境が整っています。
小野リサさんのようにブラジル育ちの帰国子女にとっては、まさにぴったりの学校だったのではないでしょうか。
大学には進学していない可能性が高い
小野リサさんの大学に関する情報は、どの公式情報にも記載がなく、大学には進学していない可能性が高いです。
これは複数のメディアや芸能情報サイトを調べても同様で、大学名が出てくることはありませんでした。
小野リサさんは15歳からギターの弾き語りを始め、10代の頃にはすでに父親が経営するブラジル料理店「サッシペレレ」でライブ演奏を行っていたそうです。
そのギターの腕前にお客さんたちが驚いたというエピソードもあるほどなので、かなり早い段階から音楽の道に本格的に進んでいたことがわかります。
大学に行かなかった理由の推察
小野リサさんが大学に進学しなかった理由として考えられるのは、やはり10代から本格的な音楽活動に没頭していたことでしょう。
15歳でギターを手にしてからは、父親の店でのライブ演奏を重ね、1987年頃には作曲も始めています。
そして1988年には大貫妙子さんのプリッシマに参加し、翌1989年にはアルバム『カトピリ』でデビューを果たしました。
高校卒業後すぐに音楽の世界に飛び込んだと考えるのが自然で、大学に通う時間はなかったのかもしれませんね。
実際、音楽の才能が10代で開花していたわけですから、あえて大学を選ばなかったとしても不思議ではありません。
中学時代は九州までギターを習いに通った
小野リサさんの音楽への情熱は中学時代からすでに並外れていました。
なんと中学生の頃、ギターを習うために慕っていた女性奏者のもとへ、九州まで1人で通っていたというエピソードがあるんです。
東京から九州というと、かなりの距離ですよね。
中学生が1人で通うには相当な覚悟と情熱が必要だったはずです。
……これ、すごくないですか?
10歳でブラジルから帰国してまだ数年の少女が、好きな音楽のためにそこまでの行動力を見せていたというのは本当に驚きです。
この時期の経験が、後にボサノヴァの第一人者として活躍する小野リサさんの音楽的な土台を作ったのは間違いないでしょう。
15歳からギターの弾き語りを始めた音楽の原点
小野リサさんが本格的にギターの弾き語りを始めたのは15歳の時です。
面白いのが、当時使っていたギターがなんとサッカーの王様ペレが来日した際に毎日弾いていたというレアなギターだったということ。
えっ、ペレのギター!?って感じですよね。
残念ながらそのギターは現在行方不明になっているそうですが、ペレが弾いていたギターで弾き語りを始めたというエピソードは、ブラジルと深い縁を持つ小野リサさんらしいなと思います。
父親の敏郎さんが経営するブラジル料理店「サッシペレレ」では、小野リサさんのライブ演奏を聴いたお客さんたちがそのギターの腕前に驚いたそうです。
その後、1987年頃から作曲活動を始め、1988年には大貫妙子さんのアルバム「プリッシマ」に参加。
そして1989年、アルバム『カトピリ』でついにメジャーデビューを果たしました。
学歴以上に、10代からの音楽体験こそが小野リサさんのキャリアの原点だったと言えるでしょう。
小野リサの学歴を調べる人向けの関連情報
小野リサさんの学歴が気になる方は、家族や私生活についても知りたいのではないでしょうか。
ここからは父親や母親の情報、結婚や子供のこと、代表曲や現在の活動まで幅広く紹介していきます。
父親の敏郎はブラジル音楽の先駆者だった
小野リサさんの父親は小野敏郎さんといい、「日本で最初にブラジル音楽の歴史を切り開いた人」と評されています。
敏郎さんはブラジル音楽が大好きで、1958年にブラジルへ渡りました。
サンパウロで「クラブ一番」というお店を経営し、そこで小野リサさんが生まれたわけです。
その後、家族で日本に帰国してからは、東京・四谷(新宿区)にブラジル料理とライブ演奏が楽しめる「サッシペレレ」を1974年に開業しました。
このお店には中村八大さんをはじめとする有名な音楽家や、ブラジル領事館・大使館の関係者も訪れるなど、まさにブラジル文化の発信基地のような場所だったそうです。
小野リサさんが幼い頃からブラジル音楽に触れ、自然とボサノヴァを歌うようになったのも、父親の影響が非常に大きかったんですね。
残念ながら敏郎さんは2012年に亡くなっていますが、現在「サッシペレレ」は小野リサさんの妹が店長を務めて営業を続けています。
……なんか、音楽一家の絆を感じますよね。
母親の和子は子育てと音楽活動を支えた存在
小野リサさんの母親は和子さんといいます。
和子さんは小野リサさんと3人の子供たちと同居しており、娘の音楽活動と子育てをずっと近くで支えてきた存在です。
小野リサさんは離婚後もシングルマザーとして3人の子供を育てながら国内外でコンサート活動を続けてきましたが、それを可能にしたのは母親の和子さんと、近くに住む妹の里笑さんのサポートがあったからこそでしょう。
小野リサさん自身も女性自身のインタビューで、母や妹に助けられながら子育てと仕事を両立してきたことを語っています。
母親の和子さんは、小野リサさんがボサノヴァの女王として活躍し続けるための縁の下の力持ちだったと言えますね。
実家はブラジルのサンパウロと四谷サッシペレレ
小野リサさんの実家については、ブラジル時代と日本帰国後の2つの時期に分けて見る必要があります。
ブラジル時代はサンパウロの「クラブ一番」というお店を父親が経営しており、日系ブラジル人の幼稚園に通いながら、ブラジルと日本の音楽に囲まれて育ちました。
10歳で日本に帰国した後は、大田区大森にある父の友人のビルに住んだそうです。
当時、ブラジルを離れることがとても辛かったという小野リサさんは、ブラジルで仲良くしていたお手伝いさんに自分の歌を録音して送ったり、お手伝いさんからブラジルの曲を送ってもらったりしていたそうです。
個人的にすごく好きなエピソードです。
その後、父親の敏郎さんが四谷に「サッシペレレ」を開業し、この店が小野リサさんの音楽人生の出発点となりました。
| 時期 | 実家の場所 | 特徴 |
|---|---|---|
| 0〜10歳 | ブラジル・サンパウロ | 父の店「クラブ一番」のそば |
| 帰国直後 | 大田区大森 | 父の友人のビル |
| その後〜 | 四谷(新宿区) | ブラジル料理店「サッシペレレ」 |
夫はパーカッショニスト石川智で離婚歴が2回
小野リサさんには2度の結婚歴があります。
1度目の結婚:ブラジル人ピアニスト エリオ・セルソ
1度目の結婚相手はブラジル人ピアニストのエリオ・セルソさんです。
結婚した時期や離婚の詳しい経緯については公表されていませんが、音楽を通じて出会ったのではないかと考えられています。
2度目の結婚:パーカッショニスト 石川智
2度目の結婚相手は6歳年下のパーカッショニスト・石川智さんです。
石川智さんはジャズやラテン音楽の分野で高い評価を受ける演奏家で、音楽活動を通じて小野リサさんと出会いました。
2002年頃に結婚し、3人の子供に恵まれましたが、2011年末〜2012年頃に「性格の不一致」を理由に離婚しています。
ただし、離婚後もお子さんを通じて関わりは続いており、不仲というよりは円満な距離感を保っているとのことです。
2人のミュージシャンとの結婚と離婚を経験しながらも、音楽への情熱は変わらなかったというところに小野リサさんの強さを感じます。
子供は息子2人と娘1人の3人
小野リサさんには3人の子供がいます。
| 生まれた年 | |
|---|---|
| 長男 | 2002年 |
| 次男 | 2004年 |
| 長女 | 2008年 |
3人とも2番目の夫である石川智さんとの間に生まれた子供です。
長女が生まれた2008年、小野リサさんは45歳でした。
高齢出産として当時話題にもなりましたが、無事に出産されています。
子供たちの名前や顔写真は公表されていません。
小野リサさんは母親の和子さんや妹の里笑さんに助けてもらいながら、シングルマザーとして3人を育ててきました。
コンサートで世界中を飛び回りながらの子育ては想像以上に大変だったはずですが、家族の支えがあったからこそ両立できたんですね。
代表曲はカトピリやナナンなど多数
小野リサさんの代表曲といえば、まずはデビューアルバム『カトピリ』(1989年)が挙げられます。
ブラジル音楽のリズムと日本人ならではの繊細な感性が融合した作品で、小野リサさんが「ボサノヴァの歌姫」として注目されるきっかけとなりました。
続く1991年のアルバム『ナナン』は、日本ゴールドディスク大賞のジャズ部門を受賞。
翌年の『ミニーナ』も同大賞を受賞しており、デビューからわずか数年で音楽業界からの高い評価を確立しています。
1999年にリリースされた11枚目のアルバム『Dream』は20万枚を超えるロングセラーを記録しました。
| アルバム名 | リリース年 | 特記事項 |
|---|---|---|
| カトピリ | 1989年 | デビューアルバム |
| ナナン | 1991年 | 日本ゴールドディスク大賞ジャズ部門受賞 |
| ミニーナ | 1992年 | 同大賞受賞 |
| サウダージ | 1995年 | ジョアン・ドナートとの共作 |
| Bossa Carioca | 1998年 | ボサノヴァ誕生40周年記念 |
| Dream | 1999年 | 20万枚超のロングセラー |
その他にも「イパネマの娘」「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」「ベサメ・ムーチョ」といったスタンダードナンバーのボサノヴァカバーでも知られています。
日本語のアルバム『旅 そして ふるさと』では演歌やフォークソングもボサノヴァアレンジで歌っており、ジャンルの壁を超えた幅広い音楽性が小野リサさんの大きな魅力です。
ブラジル生まれで10歳まで現地で育った
小野リサさんは1962年7月29日にブラジル・サンパウロで生まれました。
両親は日本人ですが、父親の敏郎さんがブラジル音楽を愛して1958年に渡伯し、サンパウロで「クラブ一番」を経営していたため、小野リサさんはブラジルで生まれ育ちました。
日系ブラジル人の幼稚園に通い、日本の文化とブラジルの文化の両方に囲まれた環境で過ごしています。
10歳の時に家族で日本に帰国しましたが、当時ブラジルを離れることがとても辛かったそうです。
帰国後も、ブラジルで仲良くしていたお手伝いさんと音楽のカセットテープをやり取りしていたというエピソードからも、ブラジルへの強い愛着が伝わってきます。
ブラジルで過ごした10年間が、小野リサさんの音楽の根っこを形作ったと言えるでしょう。
後に「サウダージ(憧憬・郷愁)」という言葉をテーマにした音楽活動を展開していったのも、2つのふるさとを持つ小野リサさんだからこそですね。
現在も国内外で精力的にコンサート活動中
小野リサさんは2026年現在63歳ですが、現在も精力的にコンサート活動を続けています。
1989年のデビューから37年目を迎え、国内はもちろん、ソウルや香港、上海など海外での公演も行っています。
2025年には鎌倉芸術館での公演やソウルでのコンサートが開催されるなど、そのスケジュールは今も充実しています。
所属事務所はMSエンタテインメント、レコードレーベルはドリーミュージックで、変わらず第一線で活動中です。
デビュー30周年を迎えた2018年のインタビューでは、ボサノヴァ誕生60年と日本人のブラジル移住110年という節目が重なり、例年以上に精力的な活動を行っていたことが報じられています。
母となってからは日本の歌を歌うことが多くなったとも語っており、ボサノヴァだけにとどまらない幅広い音楽活動を展開し続けています。
60代を迎えても衰えることのないその情熱は、まさに「ボサノヴァの女王」の名にふさわしいですね。
小野リサの学歴のまとめ
- 本名は小野里沙で、1962年7月29日にブラジル・サンパウロで生まれた
- 出身高校は東京都港区白金台にある頌栄女子学院高等学校
- 頌栄女子学院は中高一貫の私立女子校で帰国子女の受け入れに積極的
- 大学に進学した情報は確認されておらず、進学していない可能性が高い
- 中学時代はギターを習うために九州まで1人で通っていた
- 15歳からギターの弾き語りを始め、ペレが弾いていたギターを使用していた
- 父親の敏郎は「日本で最初にブラジル音楽の歴史を切り開いた人」と評される
- 母親の和子と3人の子供と同居し、妹の里笑にも支えられている
- 実家は帰国後に大田区大森、その後は四谷のブラジル料理店「サッシペレレ」
- 1度目の結婚相手はブラジル人ピアニストのエリオ・セルソ
- 2度目の結婚相手はパーカッショニストの石川智で、2012年頃に離婚
- 子供は長男(2002年生)、次男(2004年生)、長女(2008年生)の3人
- デビューアルバム『カトピリ』は1989年にリリースされた
- 『ナナン』と『ミニーナ』で日本ゴールドディスク大賞ジャズ部門を2年連続受賞
- 現在も63歳で国内外のコンサートに精力的に出演し続けている


