SUPER BEAVERのボーカル・渋谷龍太さんに「医学部出身では?」という噂があることをご存知でしょうか。
実はこの噂、発端となった”ある出来事”がはっきりわかっていて、調べれば調べるほど面白い経緯が見えてくるんです。
さらに本当の学歴が調理師専門学校で、しかも調理師免許までしっかり取得していたというギャップも必見ですよ。
・渋谷龍太の医学部説がなぜ広まったのか、その真相
・本当の最終学歴(服部栄養専門学校)と調理師免許取得の経緯
・実家の中華料理店「昇龍」や家族構成・結婚事情
渋谷龍太が医学部出身という噂の真相と本当の学歴
SUPER BEAVERのボーカル・渋谷龍太さんに「医学部出身では?」という噂があるのをご存知でしょうか。実はこれ、調べてみるとかなり面白い経緯が隠されているんです。渋谷さんの本当の学歴から、調理師免許を持つに至った秘話まで、ここで丁寧に解説していきます。
医学部卒という噂が広まった理由
SUPER BEAVERのボーカルとして絶大な人気を誇る渋谷龍太さんですが、ネット上では長らく「実は医学部出身なのでは?」という噂がまことしやかに広まっていました。
知ったときびっくりしませんでしたか?ロックバンドのボーカルが医学部卒って、確かにギャップがすごすぎますよね。
でも実際のところ、この噂には明確な”発生源”があります。
発端となったのは、2017年8月31日放送の『SUPER BEAVER 渋谷龍太のオールナイトニッポン0(ZERO)』です。
この回のゲストは、ロックバンド「テスラは泣かない。」のボーカル・村上学さんでした。テーマは「学生時代の夏の思い出」。
ここで村上さんが語ったのが、自身の学生時代のエピソードでした。村上さんは中学・高校を男子校で過ごし、医学部進学のために学業に専念していたと話したのです。浴衣女子と夏祭りに行くような青春とは無縁だったと、ラジオで明かしていました。
情報が混同されたメカニズム
村上学さんはその後、鹿児島大学の医学部に進学・卒業するという輝かしい経歴の持ち主です。
ところが、このラジオのトークがインターネット上に断片的に残っていくうちに、話の主語が入れ替わってしまったようなのです。「渋谷龍太のラジオに出てきた医学部卒の人」という情報が、いつの間にか「渋谷龍太は医学部卒」という誤解に変換されてしまった、というわけです。
さらに2018年には、SUPER BEAVERが愛媛大学医学部の医学祭に出演したことで、一部のリスナーがそれを「母校への凱旋」と勘違いしてしまったケースもあったようです。
渋谷龍太さん自身は医学部には一切在籍しておらず、医学部出身説は完全なデマです。
ただ、噂の発生源が「ラジオで話した他人のエピソードが混同された」というのは、なんだか渋谷さん本人としては複雑な気持ちでしょうね。
本当の最終学歴は服部栄養専門学校
では、渋谷龍太さんの本当の学歴はどうなっているのでしょうか。
まず生い立ちから振り返ると、渋谷さんは1987年5月27日生まれ、東京都新宿区出身です。幼少期は新宿歌舞伎町で育ち、両親と3人暮らしの一人っ子として過ごしました。
出身小学校・中学校は新宿区内の公立校ですが、具体的な校名は公表されていません。ただ中学時代は水泳部に在籍しており、50m平泳ぎで新宿区大会6位という成績を残しているというエピソードが伝わっています。
その後、東京都立目黒高等学校に進学しています。
都立目黒高等学校での青春
都立目黒高等学校は偏差値59の都立共学校で、1917年開校という歴史ある学校です。渋谷さんはここで帰宅部として過ごし、高校2年生のときにたこ焼き屋でアルバイトを始めました。
CDや本を買うためのお金が欲しくて始めたアルバイトだったそうですが、なんともリアルな理由ですよね。
高校生らしいエピソードとしては、合唱コンクールで「みんなで優勝しようぜ!」と率先してクラスをまとめながら、当日にバイク登校で通学して生活指導の先生に発見され、失格になりかけたというエピソードが有名です。それでもクラスから憎まれなかったというのが、渋谷さんのキャラクターをよく表していますよね。
そして高校3年生のとき、同じ学校に通っていた上杉研太さんに「一緒にバンドを組まないか」と誘われ、SUPER BEAVERが結成されました。同年に「TEENS’ MUSIC FESTIVAL 2005 全国大会」でオーディエンス大賞を受賞しています。
高校卒業後は大学ではなく、服部栄養専門学校に進学しています。
| 学歴 | 学校名 | 備考 |
|---|---|---|
| 高校 | 東京都立目黒高等学校 | 偏差値59。帰宅部。高校3年でSUPER BEAVER結成 |
| 専門学校 | 服部栄養専門学校 | 調理師免許取得。在学中にメジャーデビュー決定 |
服部栄養専門学校とは
服部栄養専門学校は、料理研究家の服部幸應さんが理事長を務める、東京・渋谷区の千駄ヶ谷にある栄養士・調理師を育成する専門学校です。
著名な卒業生も多く、水野真紀さん、壇蜜さん、三瓶さん、せんだみつおさん、木内みどりさんなどそうそうたる顔ぶれが名を連ねています。
また、SUPER BEAVERのベーシストである上杉研太さんも同じ服部栄養専門学校に通っており、渋谷さんと2人そろって調理師免許を取得しています。バンドメンバーが同じ調理師学校に通っていたというのも、なかなか面白いエピソードですよね。
渋谷龍太さんの最終学歴は服部栄養専門学校で、医学部とは全く無関係です。
実家が中華料理店だから調理師の専門学校へ進んだ
「なぜ医学部どころか、調理師の専門学校に進んだのか」という疑問が湧いてくると思います。これには、渋谷さんの実家の影響が深く関係しています。
渋谷さんの実家は、東京都新宿区歌舞伎町にある中華料理店「昇龍(ショウリュウ)」です。「龍太」という名前も、この店名から取られたとされています。
渋谷さんは幼い頃から、厨房に立って料理を作り続ける父親の背中を見て育ちました。本人はインタビューでこのように語っています。
「僕の家は新宿の中華料理屋で父がコックなんです。高校の頃は何も考えていなかったから、そのまま家業を継ぐんだなーと漠然と思っていて、高校卒業後に調理師の学校に行ったんです。」
なんか、この言葉を読んでいると当時の渋谷さんの温かみが伝わってきますよね。偉大なロックボーカリストが、もともとは「お父さんの店を継ごう」と思っていた普通の男の子だったというギャップが、どこかほっこりします。
専門学校への進学理由についても、もうひとつ正直に話しています。「父が調理師だった影響もあるけど、特に思いっきり興味を持てるものがまだ具体的にはなかったんですよね」という言葉も残っており、家業を継ぐことへの具体的な意志と、まだ夢が定まっていない若者らしい迷いの両方が混在していたことが伝わります。
つまり、渋谷龍太さんが調理師専門学校に進んだのは、料理人の父親を尊敬し、家業の中華料理店を継ごうと考えていたからです。
在学中にコンテスト優勝でメジャーデビューが決まる
調理師学校に進学した渋谷さんでしたが、在学中に予想外の転機が訪れます。
バンド活動と学業を両立させながら忙しく過ごしていたある日、ヤマハ主催のバンドコンテスト「TEENS’ MUSIC FESTIVAL 2005 全国大会」でSUPER BEAVERがオーディエンス大賞を受賞したのです。
さらに翌2006年の大会ではグランプリとオーディエンス賞のダブル受賞という快挙を成し遂げ、この頃からメジャーレーベルの注目を集めるようになっていきました。
2007年に音楽事務所の目にとまってインディーズデビューを果たし、2009年には1stシングル「深呼吸」でメジャーデビューへとつながっていきます。「深呼吸」はテレビアニメ「NARUTO-ナルト-疾風伝」のエンディングテーマに起用され、一気に注目を集めました。
もしこのコンテストで優勝しなければ、渋谷龍太さんは今頃、新宿歌舞伎町で中華料理の腕を振るっていたかもしれない——そう考えると、音楽の世界との運命的な出会いに、なんとも感慨深いものを感じますよね。
調理師免許はしっかり取得してから音楽の道へ
メジャーデビューが決まっても、渋谷さんはすぐに学校を辞めるようなことはしませんでした。
在学中にバンドの将来が決まったにもかかわらず、服部栄養専門学校の1年間のカリキュラムをきちんと修了し、調理師免許を取得してから本格的な音楽活動をスタートさせています。
本人は「はい、調理師免許を持っています、こう見えても真面目に授業受けていましたから(笑)」と語っており、その誠実さが伝わるエピソードです。
調理師専門学校は基本的に1年制で、卒業と同時に調理師免許申請資格を得ることができます。渋谷さんはその資格をしっかりと取得してから、音楽の世界へ踏み出しました。
また飲食との縁は専門学校だけにとどまりません。渋谷さんは高校時代に焼肉屋・たこ焼き屋でアルバイトを経験しています。さらにメジャーレーベルとの契約が解除された後、23歳から約5年間にわたって居酒屋でアルバイトをしながらバンド活動を続けていました。
バンドの都合でシフトに融通がきく飲食の仕事を選んだというのが正直なところだったようですが、調理師学校で培ったスキルは大人になってからも確かに生きていたわけです。
| アルバイト経歴 | 時期 | 場所 |
|---|---|---|
| 1軒目 | 高校2年生〜 | たこ焼き屋 |
| 2軒目 | 高校時代 | 焼肉屋 |
| 3軒目 | 23歳〜約5年間 | 居酒屋(メジャー解約後) |
渋谷龍太さんは、調理師免許の取得から居酒屋バイトまで、音楽と並行して飲食の世界を歩み続けてきた人物です。
医学部説に対する世間の声
渋谷龍太さんの医学部説と本当の学歴が広まるにつれ、ネット上ではさまざまな反応が見られます。
多くのファンが「医学部卒だと思っていた、知らなかった!」と驚いており、特に調理師免許を持っているという意外な事実に対する反応が大きいようです。「ロックバンドのボーカルが調理師免許持ちって、なんかすごくギャップある」「いいギャップだと思う」といったコメントが多く見られます。
また、2011年にメジャーレーベルとの契約が解除された後も諦めずに居酒屋でバイトをしながらバンドを続け、最終的に武道館公演や再メジャーデビューを果たした経歴に対して「本当に苦労人だと思う」「だから歌詞に重みがあるんだな」という声も多いようです。
さらに2025年の映画「ナイトフラワー」での俳優デビューと第68回ブルーリボン賞新人賞受賞も話題となり、「渋谷龍太って多才だよね」という声も増えています。
渋谷龍太の医学部という噂を調べる人向けの関連情報
渋谷龍太さんの医学部説の真相とともに、実家や家族についても気になっている人は多いはずです。ここでは渋谷さんのプライベートにまつわる情報を詳しくお伝えします。
実家の中華料理店「昇龍」はファンの聖地
渋谷龍太さんの実家は、東京都新宿区に位置する中華料理店「昇龍(ショウリュウ)」です。
場所は東新宿エリアの住宅街にあり、隠れ家的な雰囲気が漂う、知る人ぞ知るお店として親しまれています。
「龍太」という名前が店名の「龍」から取られていることもあり、SUPER BEAVERファンにとってはまさに”聖地”といえる存在です。店内にはSUPER BEAVERのグッズが飾られており、ライブ映像も流しているといわれており、ファンが訪れると渋谷さんのルーツを身近に感じられる特別な空間になっているようです。
看板メニューは五目チャーハンやえびと豆腐の煮込みなどとされており、上品な味わいと丁寧な料理が地元の方やファンから好評を得ていました。渋谷さんが幼い頃から食べてきたお父さんの味を、ファンも同じように味わえるというのは、なんとも素敵なことですよね。
昇龍は渋谷龍太さんの原点であり、SUPER BEAVERファンにとっての聖地です。
父・渋谷昇さんの急逝と龍太の報告
残念なことに、渋谷龍太さんの父・渋谷昇さんが2025年6月26日に急逝されたことが報告されています。
渋谷さんの母・志津香さんが「昇龍」の公式SNSで「本日2025年6月26日、中華料理昇龍店主渋谷昇が急逝いたしました」と報告しました。
渋谷龍太さんはInstagramのストーリーズで父の逝去を明かし、「自慢の父ちゃんでした。ありがとう!」という言葉で父への想いを綴りました。
この報告に対してはファンから多くの追悼コメントが届き、作家・乙武洋匡さんも「お父さん……早すぎるよ」とSNSに追悼のコメントを寄せるなど、昇龍の存在と渋谷さんの人間的なつながりが改めて浮き彫りになりました。
渋谷さんがかつて語った「厨房に立ってる父ちゃんの背中を見ていてカッコいいなと思って」という言葉が、改めて胸に沁みますね。正直、この話を読んでいると胸が痛くなりました。
なお、死因や渋谷昇さんの具体的な年齢については、現時点では公表されていません。
母親は編集者で読書好きのきっかけに
渋谷龍太さんの母親・志津香さんは、本の編集者として働かれています。
父親が料理の世界で活躍する一方、母親は出版・編集の世界で働くという、少しユニークな家庭環境で育ったわけです。
その母親の影響を強く受けたのが、渋谷さんの読書好きです。母親に勧められた本が面白くて、学生時代は授業中も本を読むほどのめり込んでしまったとか。そのせいで先生から学年文集の執筆を任されて、かなり苦労したというエピソードも残っています。
渋谷さんが2021年に「都会のラクダ」(KADOKAWA)という360ページにわたるバンドの物語を書き下ろし、2022年には「吹けば飛ぶよな男だが」を執筆したことも、母親の影響によるところが大きいといわれています。
ロックバンドのボーカリストがしっかりとした長編小説を書けるというのも、母親の「本を愛する姿勢」がしっかりと受け継がれているからかもしれませんね。
両親が共働きで、家で一人でいることが多かったという渋谷さんですが、新宿という環境のおかげで、共働き家庭の友達も多く一緒に遊べる仲間には事欠かなかったと語っています。
家族構成はひとりっこで兄弟はいない
渋谷龍太さんの家族構成は、父・母・本人の3人だけです。兄弟はおらず、一人っ子として育ちました。
本人もラジオやメディアの場で「ひとりっこ」であることを明言しています。
「父と母と3人、新宿ピカデリーに映画を観に行ったり、歌舞伎町の子供らしい遊び方をしていました」という渋谷さんの言葉からも、コンパクトだけど温かな家族の姿が伝わってきます。
両親はともに仕事に忙しく、渋谷さんが家で一人でいることも多かったそうですが、新宿という街の特性として共働き家庭の子供が多く、放課後一緒に遊べる友達には困らなかったと語っています。
渋谷龍太さんは一人っ子で、兄弟は存在しません。
「兄」と呼ぶ存在はバンドの先輩だった
ネット上では「渋谷龍太には兄がいる」という情報が一部に残っていますが、これは誤解です。
実は渋谷さんは過去のSNS投稿で、何度も「兄」「兄貴」という言葉を使った投稿をしていました。
「よし、息抜き。Hi-Giのワンス君(a.k.a.横暴な兄)と飯でも食ってくる。」(2012年)
「今晩は横浜で過ごした。お酒を飲んで兄貴と遊んだ。写真は左から 兄(Hi-Gi、ワンスくん)私 伝説(ECHO、いちげんさん)」(2013年)
これを見た人が「渋谷龍太には兄がいる」と勘違いしてしまったのです。
Hi-Gi・ワンスさんとはどんな人物?
渋谷さんが「兄」と呼んでいる相手は、関東ローカルのロックバンド・Hi-Giのメンバー「ワンス」さんです。血縁関係は一切なく、渋谷さんが兄貴分として慕っている音楽仲間です。
ワンスさんは鼻筋や口元の雰囲気が渋谷さんに似ており、身長も渋谷さんと同じく166cm前後とされています。顔立ちも体格も似ているため、SNS上の写真を見た人が本物の兄弟と勘違いするのも無理はないかもしれません。
なお、渋谷さんはワンスさん以外の人物に対しても「兄」や「兄貴」と呼ぶことがあります。ただしそれらはすべて、尊敬や親しみを込めた呼び方であり、血縁関係のある兄弟は存在しないことを渋谷さん自身が明言しています。
結婚や彼女の現状は?
渋谷龍太さんの恋愛・結婚事情についても気になる方は多いのではないでしょうか。
2026年4月現在、渋谷さんは未婚で、交際を公表している相手もいません。
過去の恋愛については、2024年7月放送のテレビ番組「EIGHT-JAM」で、大人になってから2年間付き合った女性との交際について語ったことが明かされています。その女性と別れた後、スピッツの曲を聴くと思い出が蘇ってくると話していました。
また過去には、バンドSCANDALのギタリスト・MAMIさんとの交際噂が浮上したこともありましたが、確証のない噂の域を出ないものでした。
渋谷さんが16歳のときに好きだった「あみちゃん」の存在は、著書や過去のラジオでも語られているエピソードとして知られています。
渋谷さんの著書「吹けば飛ぶよな男だが」の中でも、恋愛やプライベートについてのエッセイが収録されており、読者からの共感を呼んでいます。
渋谷龍太さんは現在も独身で、パートナーは非公表の状態が続いています。
渋谷龍太の医学部という噂のまとめ
- 渋谷龍太さんは医学部出身ではなく、最終学歴は服部栄養専門学校(調理師専門学校)
- 医学部説の発端は2017年8月31日放送のラジオ番組で、ゲスト・村上学さん(テスラは泣かない)が自身の医学部進学経歴を話したことで情報が混同された
- 村上学さんは鹿児島大学医学部の卒業者であり、渋谷さんとは全く別人
- 渋谷さんの出身高校は東京都立目黒高等学校(偏差値59)で帰宅部だった
- 高校3年でSUPER BEAVERを結成し、同年のバンドコンテストでオーディエンス大賞を受賞
- 実家が新宿歌舞伎町の中華料理店「昇龍」で、父親の背中を見て家業を継ぐことを考えていた
- 調理師学校在学中にメジャーデビューが決まるも、1年間通い切り調理師免許を取得
- SUPER BEAVERベースの上杉研太も同じ服部栄養専門学校出身で調理師免許を持つ
- 高校時代は焼肉屋・たこ焼き屋でアルバイトを経験
- メジャー解約後は23歳から約5年間、居酒屋で働きながら音楽活動を継続
- 家族構成は父・母・本人の3人のみで一人っ子。兄弟は存在しない
- 「兄」と呼ぶ存在はHi-Giのワンスさんで、血縁関係はなく兄貴分の音楽仲間
- 父・渋谷昇さんは2025年6月26日に急逝。渋谷さんは「自慢の父ちゃんでした」と報告
- 母親・志津香さんは本の編集者で、渋谷さんの読書好き・執筆活動のきっかけになっている
- 2025年に映画「ナイトフラワー」で俳優デビューし、第68回ブルーリボン賞新人賞を受賞


