梅宮百々果さんの大学がどこかを知りたくて調べてみると、その答えが「一言ではいえない」ほど波乱万丈な学歴だと気づきます。
コロナ禍での退学、2年間のブランク、そして美容専門学校への転校——実は百々果さんは大学を3校渡り歩いていたんです。
この記事では清泉インターナショナルスクール卒業後の進路から現在の活動まで、時系列ですべて解説します。
・梅宮百々果の大学がどこか(モンタナ州立大学・オレンジカウンティCC・サンノゼ美容専門学校)
・コロナ禍での退学から美容専門学校への転校までの経緯
・現在の活動と母・梅宮アンナのがん闘病との関係
梅宮百々果の大学はどこ?アメリカ留学の全経緯
梅宮百々果さんの大学がどこなのか、気になっている方は多いのではないでしょうか。
実は「一言ではいえない」ほど波乱万丈な学歴の持ち主なんです。
ここでは高校から現在の美容専門学校まで、時系列で詳しく解説していきます。
高校は東京の名門清泉インターナショナルスクール
梅宮百々果さんが通っていた高校は、東京都世田谷区にある清泉インターナショナルスクールです。
この学校、ちょっとすごいんですよ。
カトリック系の私立学校で、モンテッソーリ教育と国際バカロレア(IB)プログラムを取り入れた本格的なインターナショナルスクール。
生徒数は約700人で、そのうち多くが外国人という環境で、なんと60か国もの国籍の生徒が通っています。
しかも学内では日本語が禁止されていたそうで、いわゆる「英語漬け」の生活が日常でした。
百々果さんが最初にこの学校に入学したのは、なんと5歳のとき。
お母さんの梅宮アンナさんが「自分が英語を話せなくて苦労した」という経験から、娘には幼い頃から英語教育を受けさせたかったのだそうです。
ただ、最初は決して順調ではありませんでした。
外国人だらけの環境に最初の3週間は泣いてばかりで、祖父の梅宮辰夫さんが「やはり日本の学校の方があっているのでは?」と心配していたほど。
それでもアンナさんのサポートのもと、百々果さんは徐々に環境に慣れ、気づけば友達もたくさんできて、日常会話はほぼ英語、というくらいになっていきました。
なお、清泉インターナショナルスクールは、宇多田ヒカルさんが中学時代に通っていたことでも知られています(宇多田さんはのちにアメリカンスクール・イン・ジャパンへ転校)。
梅宮百々果さんは東京・世田谷区の清泉インターナショナルスクールに幼稚園から高校3年生まで通い、2020年3月に卒業しています。
日本の学校とインター、2つの選択肢
実は百々果さんの学校選びには、家族ぐるみの”バトル”がありました。
梅宮アンナさんはインターナショナルスクールに入れたかった一方で、父親の梅宮辰夫さんは雙葉や白百合といった日本の名門私立女子校を希望していたのです。
意見が対立した末、アンナさんが百々果さんを連れて実家を飛び出すまでに事態はエスカレートしたのだとか。
最終的には梅宮辰夫さんが折れ、インターナショナルスクールへの入学が決まりました。
インターの面接では、じっとしていられずに好奇心のまま動き回る百々果さんに対して、校長先生が「好奇心と元気があってよい!子供はこうでなきゃ!明日からいらっしゃい!」と声をかけてくれたエピソードも残っています。
日本の学校では「マイナス」になりかねなかった活発さが、インターでは「プラス」に評価されたわけです。
高校時代はバレーボール部でMVPを受賞
清泉インターナショナルスクールで高校生活を送っていた百々果さんですが、勉強だけじゃなく部活動でも大活躍していたんですよ。
バレーボール部に所属していた百々果さんは、なんと国際大会でチームが優勝し、さらに自身もMVPに選出されるという快挙を成し遂げています。
梅宮アンナさんが「最高の思い出」とインスタグラムで喜びを投稿し、話題になりました。
ただ、当時の写真を見ると「ちょっとふくよかだな」と感じる人もいたようで、一部から「太っている」という声が出ていたのも事実。
でも正直、バレーボールって体をしっかり動かすスポーツですし、筋肉量だってある程度必要ですよね。
MVPを取れるほどの実力者なんですから、それを体型云々で語るのはちょっとかわいそうかな、と思いました。
百々果さんは高校時代にバレーボール部でMVPを受賞しており、スポーツに真剣に打ち込んでいたことがわかります。
高校時代にはもうひとつ注目のエピソードが。
なんとスタンフォード大学のサマースクールに参加していたんです。
世界トップクラスの大学のプログラムを高校生のうちに経験していたとは、さすが国際バカロレア教育を受けた清泉インターの生徒といえますよね。
最初の大学はモンタナ州立大学に進学
2020年3月に清泉インターナショナルスクールを卒業した百々果さんは、その後アメリカの大学に進学することになります。
進学先はアメリカ・モンタナ州にある州立大学でした。
高校時代からアメリカの大学進学を目指していた百々果さんにとって、念願の海外留学スタートのはずでした。
ちなみにお母さんのアンナさんは「ニューヨークのパーソンズ美術大学(Parsons School of Design)に行ってほしい」と思っていたそうです。
パーソンズといえば、ファッション・アートの世界では世界トップクラスの名門校。
アンナさん自身がモデル・タレントとして活躍してきただけに、そういった道を期待していたのかもしれません。
高校時代にスタンフォード大学のサマースクールに参加した経験もあり、アメリカの大学環境には馴染みもあったはず。
2020年8月から大学の寮(ドーム)生活がスタートする予定でした。
コロナ禍でオンライン授業となり半年で退学
……ところが、そこに思わぬ試練が待っていました。
2020年、世界を一変させた新型コロナウイルスのパンデミック。
せっかく進学したアメリカの大学も、あっという間にすべての授業がオンライン化されてしまったのです。
親元を初めて離れて、見知らぬ土地でゼロからの生活を始めようとしていたのに、オンライン授業ではキャンパスにも行けず、友達もできず……これは精神的につらかったと思いますよ。
梅宮アンナさんは当時、インタビューでこのように話しています。
「進学した年にコロナウイルスが流行し、オンライン授業ばかりでほとんど学校に行くことができなくて。
半年くらいたった頃でしょうか、百々果から『大学にいる意味がわからない。退学したい。学費無駄になっちゃうけどいい?』と相談されました」。
親としても複雑な思いがあったでしょうが、最終的には娘の気持ちを尊重し、退学を受け入れることに。
百々果さんは大学に入学してから約半年で退学し、日本に帰国することになりました。
コロナ禍という不可抗力によって最初の大学生活は事実上スタートを切れないまま幕を閉じ、百々果さんは一時帰国を余儀なくされました。
2年のブランク後にカリフォルニアで再挑戦
帰国後の百々果さんは、しばらくの間、目標を見失ってしまったといいます。
梅宮アンナさんは「退学後2年ほどニートに近い状態だった」と明かしており、コロナ禍で世の中が大きく変わってしまったなか、何をしていいかわからなくなったのでしょう。
これはコロナ禍で同じように無気力に苦しんだ若者が多かった時期ですから、共感できる方も多いのではないでしょうか。
そして2022年。
ずっとじっと娘を見守っていたアンナさんがついに動きます。
「あなたどうするの?もう真剣に動き出すときじゃない?」と背中を押したのです。
その言葉が効いたのか、百々果さんは「ビジネスを学びたい」という新しい目標を見つけ、再びアメリカへ渡ることを決意しました。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2020年3月 | 清泉インターナショナルスクール卒業 |
| 2020年夏 | アメリカ・モンタナ州の州立大学に入学 |
| 2020年末頃 | コロナ禍によりオンライン授業が続き、半年で退学・帰国 |
| 2020〜2022年 | 日本で約2年間のブランク期間 |
| 2022年 | カリフォルニア州・オレンジカウンティのコミュニティカレッジに入学 |
| 2023年 | 美容専門学校(カリフォルニア州サンノゼ)へ転校 |
コミュニティカレッジから美容専門学校へ転校
2022年に再渡米した百々果さんが選んだのは、カリフォルニア州・オレンジカウンティのコミュニティカレッジ(公立二年制大学)でした。
コミュニティカレッジといえば、アメリカでは学費が比較的安く、編入制度も整っており、多様な年齢層・バックグラウンドを持つ学生が集まる開かれた学びの場として知られています。
ビジネスを専攻しようと考えていた百々果さんにとって、まず足場を固めるのに最適な選択だったのかもしれません。
アンナさんが2022年10月に渡米した際、百々果さんがカリフォルニアのお寿司屋さんでアルバイトをしていることも明かしています。
「学校の友達も沢山出来て」「ソーシャルセキュリティがあるのでどこでも働く事が出来ます」というコメントとともに、充実した生活の様子が伝わってきました。
ところが2023年になると、百々果さんの目指す方向が大きく変わります。
美容分野に強い関心を持つようになり、コミュニティカレッジから美容専門学校へと転校することを決意したのです。
転校先として有力視されているのが、カリフォルニア州サンノゼのAveda Institute(アヴェーダ・インスティテュート)。
化粧品ブランドとしても知られるAvedaが運営する美容専門学校で、ヘアスタイリスト・理容師・エステティシャン・メイクアップのコースがあります。
梅宮アンナさんのインスタグラムには「フェイシャルのテスト日」「#avedainstitute」などのハッシュタグが投稿されており、エステティシャンのコースを選択していると思われます。
梅宮アンナさん自身がモデル・タレントとして美容と深く関わってきた背景もあり、百々果さんが幼い頃からプロレベルの美容の世界を身近で見てきたことが、この選択につながったのかもしれませんね。
2023年9月には「ももかの生活基盤の場所が変わります。
アメリカからアメリカですが新しい学校へ行く準備へと、部屋探しです」というアンナさんのインスタ投稿があり、転校が現実のものになっていることが確認されています。
百々果さんは大学3校(モンタナ州立大学→オレンジカウンティCC→サンノゼ美容専門学校)を経て、自分の「やりたいこと」を見つけていきました。
英語力はバイリンガルレベル
梅宮百々果さんの英語力について、知りたいという方も多いですよね。
結論からいうと、百々果さんの英語力は日常会話では完全にネイティブと同等のバイリンガルレベルといっていいと思います。
根拠はいくつかあります。
まず、幼稚園から高校卒業まで12年以上にわたって清泉インターナショナルスクールで教育を受けていること。
この学校では授業はすべて英語で行われ、学内での日本語使用が禁止されていたほどです。
入学当初(5歳の頃)はほとんど英語を話せなかった百々果さんが、その後「日常会話はほぼ英語」と言われるまでになりました。
さらに、2020年以降のアメリカ生活が長く、現地でアルバイトをしながら学校にも通っているという実績があります。
アメリカで働きながら生活するには、英語でのコミュニケーション能力が不可欠です。
お母さんのアンナさんは、実は日本語しかできない(父が日本人の梅宮辰夫さん、母がアメリカ人のクラウディアさんというハーフながら英語が話せない)という事情がありました。
アンナさんが「自分の二の舞にさせたくない」という強い思いで百々果さんに英語教育を受けさせた甲斐があったといえますね。
日本とアメリカの二重国籍を持つ百々果さんは、幼少期からのインター教育と長期のアメリカ留学で実践的なバイリンガルに成長しています。
梅宮百々果の大学がどこか調べる人向けの関連情報
大学の経緯以外にも、百々果さんについて気になる話題はたくさんあります。
現在の活動や、ご家族のこと、過去の病気など、よく検索されているトピックをまとめてご紹介します。
現在はアメリカと日本を行き来している
2024年以降の百々果さんの動向は、お母さんのアンナさんのがん闘病と深く結びついています。
2024年8月、梅宮アンナさんが希少がん「浸潤性小葉がん(ステージ3A)」と診断されたことを公表しました。
このニュースはファンの間でも大きな衝撃を与えましたが、それ以上に動揺したのは百々果さん自身だったでしょう。
実は、異変に気づいたのが百々果さんだったとも伝えられています。
「これは明らかに変だから病院へ」と母親を促したのだそう。
アンナさんが検査を受けた結果、がんと診断されました。
このとき百々果さんは「ママのそばにいる」と決断し、アメリカでの仕事を辞めて日本に緊急帰国しています。
アンナさんは後に「せっかく自立し自分の人生を歩み始めた娘に申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、本当に心強かった」とコメントしており、二人の絆の深さが伝わってきます。
なお、2024年1月には百々果さん自身もアメリカで体調を崩し、気管支炎とインフルエンザAの診断で病院に緊急搬送されるという出来事もありました。
呼吸補助のマスクをつけた姿がアンナさんのインスタグラムに投稿され、アンナさんは「離れ離れの時が一番辛い」とコメント。
こういった経験も、母娘がより強く連携するきっかけになったのかもしれません。
そして2026年2月現在、百々果さんはアンナさんとともにアメリカに滞在していることが確認されています。
アンナさんの病状が落ち着いてきたのか、二人でアメリカに渡っているようです。
アメリカと日本を行き来しながら、母娘で支え合っている姿はとても微笑ましいですよね。
現在の百々果さんは、母親のサポートをしながらもアメリカとの縁を保ち続けており、今後の活動が注目されます。
アメリカでのアルバイトから美容関係の仕事へ
百々果さんのお仕事事情についても少し触れておきます。
2022年のコミュニティカレッジ在学中、アメリカのカリフォルニア州でお寿司屋さんのアルバイトをしていたことが梅宮アンナさんのインスタグラムで明かされています。
日米の二重国籍を持ちソーシャルセキュリティナンバー(社会保障番号)も持っているため、アメリカでも合法的に働くことができるのです。
その後は美容専門学校に進んでエステティシャンのコースを修了したとみられており、美容関係の仕事につながる資格や知識を習得していると考えられます。
2024年にはアメリカでの仕事を辞めて帰国していますが、2026年2月時点でアメリカ滞在が再確認されており、今後また美容関係での活躍が期待されます。
子どもの頃から母・梅宮アンナさんというモデル・タレントを通じてプロの美容の世界を身近で見てきた百々果さん。
美容師やエステティシャンとしてのキャリアが、彼女には自然な選択だったのかもしれませんね。
父親は一般人の千葉貴史で梅宮辰夫の養女にも
百々果さんのご家族についても、検索している方が多いようです。
特に「父親は誰?」という質問が多く見受けられます。
百々果さんの実父は、千葉貴史(ちばたかし)さんという一般人男性です。
梅宮アンナさんと2001年に結婚(当時アンナさんはすでに妊娠中)し、翌2002年1月に百々果さんが誕生しています。
しかし夫婦仲はもともと良くなかったようで、2003年に離婚が成立しました。
さらに翌2004年には千葉さんが賭博開帳図利容疑で逮捕されたことが報じられており、離婚後もセンセーショナルなニュースになりました。
一方、百々果さんには「養父」ともいえる存在がいます。
祖父の梅宮辰夫さんです。
百々果さんは幼稚園の年長時に、相続税対策として祖父・梅宮辰夫さんの養女になっています。
これにより、法律上は梅宮アンナさんと百々果さんは「姉妹」という関係になりました。
梅宮辰夫さんは百々果さんを目に入れても痛くないほど溺愛していたといわれており、「金魚すくいがしたい」といえば大きなプールと金魚を100匹用意してあげるほど。
2019年に梅宮辰夫さんが亡くなるまで、百々果さんはたっぷりの愛情を注いでもらいました。
梅宮辰夫との養子縁組のエピソード
梅宮辰夫さんが亡くなる前に養子縁組をしたのは、遺産の相続税対策が理由でした。
税理士からの提案で、百々果さんを梅宮辰夫さんの養女にすることが節税につながると聞いたアンナさんが、その方法を選んだのだそうです。
その結果、戸籍上は「梅宮辰夫の娘」となった百々果さんと、「梅宮辰夫の娘」であるアンナさんは「姉妹」という間柄に。
親子関係がひとつ変わるだけで法律上の関係も大きく変わるもので、なかなか不思議な感覚がありますよね。
ただ、実際の日常ではずっと母娘として生活してきたわけですから、法律上の関係よりも実態の親子愛の方がずっと大切なのは言うまでもありません。
病気でギランバレー症候群を疑われたが陰性
百々果さんには高校時代に深刻な体調不良を経験したことがあります。
これも検索している方が多いトピックですね。
2019年(17歳の頃)のこと。
インフルエンザにかかった後、胃腸炎も発症。
そこまでならまだよくある話ですが、その後に脚がしびれて力が入らなくなるという症状が出てきたのです。
梅宮アンナさんに連れられて病院に行くと、そのまま入院して検査を受けることになりました。
医師から「ギランバレー症候群の可能性がある」と告げられたといいます。
ギランバレー症候群というのは、インフルエンザなどのウイルス感染後に免疫系が誤って末梢神経を攻撃してしまう自己免疫疾患で、両手足の麻痺が全身に広がり、重症の場合は人工呼吸器が必要になることもある、なかなか恐ろしい疾患です。
髄液を採取する検査も受けたそうで、そのときは辛くて泣いてしまったとのこと。
読んでいて胸が痛くなりましたね……。
しかし検査の結果、ギランバレー症候群は陰性。
梅宮アンナさんは「精神的なことも関係しているかも」とコメントしており、原因はストレスが一因だったとみられています。
2019年の体調不良はその後落ち着き、時々通院はしていたものの、バレーボール部での活躍や高校卒業・大学進学と、その後の生活には大きな支障はなかったようです。
ひとまず深刻な状態にならずよかった、と思います。
太ったと言われた時期があった理由
百々果さんに対して「太った」という検索が多く見られます。
なぜこのような声が出るようになったのでしょうか。
一番の原因は、高校時代のバレーボール部活動時期の写真です。
当時の百々果さんはふくよかな体型に見えることがあり、それが「太った」という印象につながったようです。
ただ前述のとおり、当時の百々果さんはバレーボール部でMVPを取るほど活発に競技に打ち込んでいました。
スポーツ選手として体をしっかり動かしていれば、それなりに体格がしっかりしてくるのは当然のこと。
むしろ健康的な体型だったといえるかもしれません。
その後、2023年4月に梅宮アンナさんが投稿した百々果さんの写真には「ももちゃん痩せてない?」「大人っぽくなりましたね」「ももさん痩せた!」といったコメントが多数寄せられており、アメリカで生活するなかでスリムになったことが話題になっていました。
「太った」というのはあくまでも特定の時期の印象であり、現在はすっかりスタイルが変わっているようです。
体型は生活環境や年齢によっても変わるものですし、あまり気にしすぎなくていいのではないでしょうか。
梅宮百々果の大学どこかのまとめ
- 梅宮百々果は梅宮アンナと一般人・千葉貴史の間に生まれた娘で、2002年1月21日生まれ
- 出生地はアメリカ・カリフォルニア州で日本とアメリカの二重国籍を持つ
- 幼稚園から高校まで東京都世田谷区の清泉インターナショナルスクールに通い2020年3月に卒業
- 清泉インターナショナルスクールはカトリック系の名門インターで、授業はすべて英語・学内日本語禁止
- 高校時代はバレーボール部に所属し国際大会でMVPを受賞するほど活躍
- スタンフォード大学のサマースクールにも参加した経験がある
- 2020年、アメリカ・モンタナ州の州立大学に進学したがコロナ禍でオンライン授業になり半年で退学
- 退学後は日本に帰国し、約2年間のブランク期間があった
- 2022年、カリフォルニア州・オレンジカウンティのコミュニティカレッジに再入学
- コミュニティカレッジ在学中はカリフォルニアのお寿司屋さんでアルバイトもしていた
- 2023年、美容専門学校(サンノゼのAveda Institute)に転校しエステティシャンコースへ
- 英語力はバイリンガルレベルで、幼少期からのインター教育と長期のアメリカ生活が基盤
- 2019年には足のしびれでギランバレー症候群を疑われ入院したが検査結果は陰性
- 2024年に母・梅宮アンナのがん発覚後、アメリカの仕事を辞めて帰国し母をサポート
- 2026年2月時点ではアンナさんとともにアメリカに滞在しており、今後の活動が注目される


