岩瀬洋志さんの高校について調べている方は、偏差値65の名門進学校からの転校というエピソードに驚いた方も多いのではないでしょうか。
医者を目指して「友達とカラオケにも映画館にもテーマパークにも行ったことがない」というほど勉強漬けだった高校生が、たった1本のTikTok動画で人生を大きく変えていく——岩瀬さんの高校時代は、まるでドラマそのものなんです。
この記事では、最初に通った雲雀丘学園高校の詳細から転校の経緯、わせりん誕生の舞台裏、そして俳優への決断まで、一挙にまとめてお届けします。
・岩瀬洋志さんの高校(雲雀丘学園・目黒日大)と転校した理由
・わせりんとして17万フォロワーを獲得し全削除した知られざる経緯
・大学進学を選ばず俳優一本に絞った決断と現在の出演作
岩瀬洋志の高校・学歴と転校の真相
岩瀬洋志さんの高校について気になっている方、多いんじゃないでしょうか。
実は岩瀬さん、もともとは偏差値65の名門進学校に通っていたんです。
医者を目指して猛勉強していた真面目な高校生が、あのTikTokバズをきっかけに人生を大きく変えていく。
その過程をじっくり見ていきましょう。
出身中学は雲雀丘学園の一貫教育校
岩瀬洋志さんの出身中学校は、兵庫県宝塚市にある私立・雲雀丘学園中学校が有力だとされています。
雲雀丘学園は中高一貫教育を行っている私立の進学校で、中学校の偏差値は約55。
難関とまでは言えないものの、しっかりとした受験対策と学習指導が行われており、国公立大学や有名私立大学への高い進学実績を誇る学校です。
岩瀬さんが高校に進学した際の高校の偏差値が65であることを考えると、中学から内部進学でそのまま雲雀丘学園高等学校に上がった可能性が非常に高いと見られています。
実際、雲雀丘学園には小学校から高校まで一貫した教育システムが整っており、中学受験で入学した生徒が内部進学でそのまま高校に進むケースが多いのが特徴です。
岩瀬さんはインタビューで兵庫県での高校生活に触れており、「高2の1学期まで兵庫県に住む普通の高校生でした」と語っていることから、地元・兵庫県でずっと過ごしていたことが分かります。
中学時代の詳しいエピソードは現在のところ公表されていませんが、雲雀丘学園の一貫教育を受けていたとすれば、中学生の頃から学力の高い環境で過ごしていたことになります。
ちなみに岩瀬さんは小学生の頃から水泳を習っており、2015年に開催された兵庫県の水泳大会の記録会に「岩瀬洋志 小6 イトマン川西」という名前の記載が確認されています。
川西市のスイミングスクールに通っていたことから、兵庫県東部・川西市周辺が地元である可能性が高いと考えられています。
最初の高校は偏差値65の名門・雲雀丘学園
岩瀬洋志さんが最初に通っていた高校は、兵庫県宝塚市にある私立・雲雀丘学園高等学校です。
この学校は1950年に開校した歴史ある私立高校で、なんとサントリーの創業家・鳥井家が支援しており、代々の理事長も鳥居家が務めているという由緒ある学校。
偏差値は65と、難関高校に分類されています。
最寄り駅は阪急・雲雀丘花屋敷駅とJR川西池田駅で、大阪からのアクセスも良好。
岩瀬さんが在籍していた証拠は、SNSにアップされた制服画像からも確認されており、独特のネクタイが雲雀丘学園高校のものと一致していることで有名です。
2022年度の進学実績は、東京大学1名、京都大学6名、大阪大学15名、神戸大学12名、大阪公立大学28名など、合計で国公立大学に129名が合格している本格的な進学校。
岩瀬さんが医者を目指して勉強していたというのも、こうした進学校の雰囲気の中では十分にうなずける話ですよね。
雲雀丘学園高校の主な卒業生
実は雲雀丘学園高等学校は、芸能界にも多くの人材を輩出している学校でもあります。
| 卒業生 | 活動内容 |
|---|---|
| 紺野まひる | 女優(元宝塚歌劇団) |
| 相武紗季 | 女優(転校) |
| 浦浜アリサ | ファッションモデル(転校) |
| 木南晴夏 | 女優 |
| 植村花菜 | シンガーソングライター |
| 吉岡茉祐 | 声優 |
偏差値65の進学校でありながら、芸能界でも活躍する人材を生み出してきた学校だということが分かります。
岩瀬さんと同じように、勉強熱心だった生徒が芸能の世界へと転身するケースが以前からあった学校でもあるんですね。
高校1年から医者を目指して猛勉強した日々
岩瀬洋志さんの高校1年生のエピソードが、これまた驚きなんです。
あの綺麗な顔と透明感からは想像しにくいかもしれませんが、高校1年の頃の岩瀬さんは医師を目指して猛勉強していた「堅物」高校生だったんです。
本人がインタビューで語っていた言葉が印象的です。
「高1のときは、医者になるつもりで勉強していたので、友達とカラオケにも映画館にもテーマパークにも行ったことのないぐらいの堅物でした(笑)。ただ文化祭では、屋台とかも出てたんで、クラスメイトとワイワイしながらそれを食べたことが唯一の思い出です。」
……これ、笑いながら話してますけど、内容がかなりストイックですよね。
部活が終わったらすぐに帰宅して夜中まで勉強。
部活がない日は学校の自習室で夜まで勉強。
友達とカラオケも映画館も、テーマパークも行かない。
文化祭の屋台が「唯一の思い出」という状況は、相当な勉強漬けの日々だったことを物語っています。
また、別のインタビューでは学ぶことへの姿勢についてこんなことも語っています。
「勉強っていうと堅苦しいけれど、自分が見たいと思っていたものが見られたり、知りたいと思ったことを知れたり、習得したいと思っていたことが習得できたりするから、学ぶことって楽しいと思う。」
これを高校生が言っているというのが、なんとも頼もしいですよね。
単純に「いい大学に入るため」ではなく、学ぶこと自体の意味を理解していた岩瀬さんの知的な側面が見えてきます。
医師を目指して猛勉強していた高校1年生が、1枚のTikTok動画で運命を変えることになるなんて、誰も予想していなかったでしょう。
その他の趣味や特技を見ても、空手道場にも通っていたほどで水泳や空手、バスケなど多彩なスポーツをこなしつつ、勉強も全力でやっていた岩瀬さん。
まさに文武両道という言葉が似合う高校生活を送っていたわけです。
TikTokバズがきっかけで転校を決断した理由
岩瀬洋志さんが転校を決断したきっかけは、意外にも「先輩が撮ったたった1本の動画」でした。
高校1年の秋、地元の先輩が岩瀬さんが駅のホームで電車を待っている姿を撮影し、「僕の後輩がかわいい」というタイトルでTikTokに投稿。
動画の内容は、ただホームに立っているだけというシンプルなもの。
それなのに、岩瀬さんの整った容姿と自然な雰囲気が話題を呼び、「電車を待ってるだけでこのビジュ」「誰この人!芸能人?」といったコメントが殺到し、動画は瞬く間に拡散しました。
その結果、岩瀬さんのSNSフォロワー数は一気に17万人超えにまで増加。
複数の芸能事務所からスカウトの連絡も届くようになっていきました。
ただ、岩瀬さん自身はすぐに芸能界を目指す気持ちになったわけではなかったようです。
当初は「まだ本気で芸能界を目指す気持ちがあるわけではなかった」と語っており、一度はなんと17万人のフォロワーがいるSNSアカウントを全削除してしまいます。
「ちょっと疲れてしまったのでSNSから離れようかな」というコメントを残してのSNS全削除は、当時多くのファンを驚かせました。
17万フォロワーのSNSを全削除した経緯
SNSを全削除した理由については、複数の情報があります。
インスタライブで語られた理由のひとつは「コロナで学校に行けない自分自身のために時間を使いたい」というものでした。
ちょうど2020年の春、新型コロナウィルスの感染拡大によって学校がオンライン授業に切り替わり、外出もままならない閉塞した時期。
その状況の中で気持ちを整理したかったのかもしれません。
また、急に注目を集めたことによる誹謗中傷も一部あったとも言われており、プレッシャーを感じていた可能性もあります。
その後、気持ちを整理した岩瀬さんは「本気でやるならプロとして覚悟を決めよう」と決意し、2020年8月に芸能事務所acaliと正式に契約。
転校という大きな決断へとつながっていきます。
岩瀬さんは当時のことをこう振り返っています。
「僕が『上京して俳優になりたい!』と相談したら、周囲の人たちはすごくビックリしていて。でも最後は、『それだけやりたいのなら頑張って!』ってみんな言ってくれて、送り出してくれました」
医師の夢を捨てて俳優の道を選ぶという大きな決断も、周囲の理解と応援があったからこそできたことだったんですね。
ちなみにその動画を投稿してくれた先輩とは、今もたまに連絡を取り合っているそうです。
ある意味、人生の恩人とも言える先輩ですね。
転校先は目黒日本大学高校の芸能コース
高校2年生の2学期から岩瀬洋志さんが転校したのは、東京・目黒区にある目黒日本大学高等学校(旧:日出高校)です。
この学校は1903年開校という歴史ある私立高校で、「スポーツ・芸能コース」(偏差値47)を設けており、多くの芸能人を輩出してきたことで有名です。
ただし、このコースは2024年度からは廃止となっています。
岩瀬さんもおそらくこのコースに在籍していたと見られており、芸能活動と学業を両立しやすい環境で高校生活を過ごしていたと思われます。
目黒日大の有名卒業生・同級生
目黒日本大学高等学校(旧:日出高校)は、芸能人の出身校としても非常に有名です。
| 卒業生 | 活動内容 |
|---|---|
| 多部未華子 | 女優 |
| 吉沢亮 | 俳優 |
| 目黒蓮 | 俳優(Snow Man) |
| 玉森裕太 | 俳優(Kis-My-Ft2) |
| 横浜流星 | 俳優 |
| 白濱嵐 | 俳優 |
| 百田夏菜子 | アーティスト(ももいろクローバーZ) |
| 北村匠海 | 俳優 |
岩瀬さんが転校した際の同学年には、国本梨紗さん・井本彩花さん・若林琴子さん・矢島名月さんなどの女優・タレントが在籍していました。
また、アイドルグループ「≠ME」の尾木波菜さんも他校から転校してきて同級生になっています。
さらに、クラスメイトが俳優の奥平大兼さんと仲が良かったことから、そのつながりで岩瀬さんも奥平さんと仲良くなっています。
後に2人は「最高の教師」で共演することになりましたが、この縁は高校時代に始まっていたんですね。
目黒日本大学高等学校に転校したことで、岩瀬さんは芸能界のつながりを広げ、俳優としてのキャリアを着実に築いていくことになります。
コロナ禍で失われた高校生活への思い
岩瀬洋志さんの高校時代は、ちょうど新型コロナウィルスが猛威を振るっていた時期と重なっています。
岩瀬さんが高校1年生だった2020年1月頃からコロナが大流行し、その後は授業がほぼオンラインに。
友達と自由に会うことも、クラスメイトとワイワイすることも難しい状況が続きました。
雲雀丘学園高校に在籍していた高校2年1学期まではコロナ禍での学校生活が続き、転校後の目黒日本大学高等学校でも状況は同じでした。
修学旅行も中止になるなど、本来ならば経験できるはずだった「高校の青春」の多くが奪われてしまった世代です。
岩瀬さんはインタビューでこんなことを話しています。
「東京の高校も、修学旅行がなくなっちゃって。元々、学校生活に青春ぽい何かを求めてはいなかったけれど、本当に、友達とワイワイ遊んだ記憶がほとんどない(苦笑)。」
……これは、切ないですよね。
もともと兵庫県時代の高校1年生も医者を目指して勉強漬けで、友達とカラオケやテーマパークに行った記憶がない。
転校後の東京でも修学旅行がなくなり、コロナ禍でなかなか友人と深く交流できないまま高校生活が終わってしまった。
放課後に友人とラーメンを食べに行ったり、夏休みに海に行ったり、そういった何気ない高校生の思い出が極端に少ないまま卒業していった岩瀬さんの高校時代は、ある種の孤独感もあったのかもしれません。
だからこそ、今のインタビューで「今、失われた学生生活を取り戻してる感覚」という言葉が出てくるのでしょうね。
コロナ禍という特殊な状況の中でも、岩瀬さんは俳優への道を着実に歩み続けていました。
高校卒業後は大学に進まず俳優一本に絞った
岩瀬洋志さんは高校卒業後は大学に進学せず、俳優業に専念する道を選んでいます。
もともとは医学部志望で猛勉強していた岩瀬さん。
それほど勉強への意欲があった人が大学に進まないというのは一見意外にも見えますが、本人にとっては至って自然な選択だったようです。
インタビューではこんな言葉を残しています。
「この世界に入るまで目指していたのはお医者さん。部活が終わったら家で夜中まで勉強して、部活がない日は開放されている自習室で夜まで勉強して…。でも、芸能界に入ることを決めてからは、まったく未練はありません。今はこの道で頑張ろうって決めています。」
一度方向を決めたら迷わない。
この潔さが岩瀬さんの大きな魅力のひとつでもありますよね。
また、こんな言葉もあります。
「幼いときは将来の夢がころころ変わるタイプでした(笑)。あるとき、『この職業を全部やれるのって役者かも』と気付いて、俳優の仕事に興味を持ちました。」
役者という仕事は、様々な職業や人生を「疑似体験」できる仕事。
医師、刑事、学生、何でもなれる。
医師を目指していた好奇心旺盛な岩瀬さんにとって、俳優という仕事は「すべての夢を叶えられる職業」として映ったのかもしれません。
2022年に高校を卒業した岩瀬さんはその年に初のテレビドラマ「個人差あります」に出演。
翌2023年には連続ドラマ「最高の教師」でレギュラーに抜擢され、一気に注目を集めることになります。
大学進学という選択肢を持ちながらも俳優一本を選んだ決断は、今となっては正解だったと言えるでしょう。
岩瀬洋志の高校を調べる人向けの関連情報
岩瀬さんの高校・学歴について知った上で、さらに気になるのがその周辺情報ですよね。
わせりん時代のTikTokの詳細、実家の情報、そして今後の活躍まで、まとめてチェックしていきましょう。
わせりんとして話題になったTikTok動画の内容
岩瀬洋志さんがかつて「わせりん」という名前でSNSを騒がせていたことを知っている方は多いかと思いますが、その呼び名の由来や動画の詳細を知らない方のために改めて紹介します。
「わせりん」という呼び名は、岩瀬(いわせ)→「いわせりん」→「わせりん」と変化したとされています。
きっかけとなった動画は、2019年の秋、地元の先輩が岩瀬さんが駅のホームで電車を待っている姿を撮影し、「僕の後輩がかわいい」というタイトルでTikTokに投稿したもの。
内容は本当にシンプルで「駅のホームに立っているだけ」の動画。
それにもかかわらず岩瀬さんの容姿の圧倒的なクオリティが話題を呼び、「電車を待ってるだけでこのビジュ」「新田真剣佑に似てる超イケメン」というコメントが殺到しました。
その後岩瀬さん自身もSNSを開始し、Instagramのフォロワーは17万人超えにまで膨れ上がります。
当時はまだ一般の高校生だったのに、これだけの注目を集めるというのは相当なものですよね。
しかし前述のとおり、岩瀬さんは2020年5月にSNSアカウントを全削除。
後に芸能事務所acaliと正式契約し、「大杉侑暉(おおすぎゆうき)」という芸名で俳優活動をスタートしています。
そして2023年3月、芸能事務所をA-PLUSに移籍したタイミングで本名の「岩瀬洋志」に改名。
現在の名前での活動に切り替わっています。
つまり、岩瀬洋志さんの名前の変遷は「わせりん(一般人時代のあだ名)→大杉侑暉(最初の芸名)→岩瀬洋志(本名に戻した現在)」という流れになっています。
「わせりん」として注目されてから現在の岩瀬洋志としての活躍まで、すべてはあの1本の「電車待ち動画」から始まったと言えます。
実家は金持ち?父親の職業と教育方針
岩瀬洋志さんの実家については、「裕福なのでは?」「父親は医者なのでは?」という声もネット上で見られます。
確かに偏差値65の私立・雲雀丘学園に中高一貫で通うということは、それなりの学費が必要です。
また幼少期から空手道場と水泳教室に通い、英語も習っていたというエピソードを見ると、教育にかなりの投資をしていたことが伺えますよね。
岩瀬さん自身は家族構成について「一人っ子で父・母・3人家族」と話しており、愛犬のサリーちゃんとともに暮らしているエピソードも明かしています。
父親の職業については公表されていませんが、岩瀬さんが目指していた「医師」という職業との関連を連想するファンも少なくありません。
ただし現時点では父親が医師だという確認はとれていません。
教育方針については、岩瀬さんが語ったエピソードから「厳しく、かつサポートの手厚い家庭」であることが見えてきます。
幼少期から空手や水泳などの習い事を複数させ、勉強も熱心に取り組める環境を整えていた。
それでいて、岩瀬さんが「俳優になりたい」と相談した際には最終的に背中を押してくれた。
「周囲の人たちはすごくビックリしていて。でも最後は、『それだけやりたいのなら頑張って!』ってみんな言ってくれて、送り出してくれました」
このエピソードからは、厳しさの中にも子どもの意志を尊重する温かさがある家庭像が浮かんできます。
実家の詳細は公表されていない部分が多いものの、教育熱心で子どもの可能性をしっかり伸ばす家庭環境だったことは間違いなさそうです。
注目の出演作と今後の俳優としての活躍
岩瀬洋志さんが一般に広く知られるようになったのは、2023年7月に放送された日本テレビ系の連続ドラマ「最高の教師 1年後、私は生徒に■された」での出演がきっかけでした。
このドラマで岩瀬さんは剣道部所属の古風な男子生徒・遠山泰次郎役を演じ、静かな中に秘めた感情を表現する繊細な演技で「この子は誰?」と注目を集めました。
続く2024年1月放送の「新空港占拠」では、「猿」という仮面をつけた謎の人物役で登場。
しかもこのキャストが岩瀬洋志さんだと明かされたのは放送終盤のサプライズ発表で、ネット上では「まさか岩瀬くんだったなんて!」「存在感あったけど気づかなかった」と大きな話題になりました。
その後の出演作を見ると、2024年7月にはBS朝日ドラマ「タカラのびいどろ」で初主演を果たし、小西詠斗さんとのW主演作品として注目を集めています。
以降も「南くんが恋人!?」「スノードロップの初恋」「オクトー Season2」など、複数のドラマに出演。
2025年3月には「告知事項あり。〜その事故物件で起きること〜」でも主演を務めるなど、主演・レギュラー出演の本数が着実に増えています。
日経トレンドの「2025年さらなる飛躍が期待される男優たち」にも選ばれており、業界内外からの注目度も高まっています。
将来の目標についてはこんな言葉を語っています。
「僕はお芝居のことを考え出すと、他のことが考えられなくなるんです。それぐらいお芝居が大好きなので、10年後は俳優として活躍できたらいいな。」
偏差値65の進学校で医者を目指していた高校生が、今では主演を張れる俳優へと成長している。その軌跡は、まさにドラマのような展開ですよね。
学歴と高校時代に関する世間の声
岩瀬洋志さんの学歴や高校時代について、ネット上ではどんな声があがっているでしょうか。
まず、偏差値65の雲雀丘学園高校出身だと知った時の反応としては「見た目だけじゃなく頭もいいんだ!」「俳優で頭もいいって最強じゃん」という驚きと称賛の声が多く見られます。
TikTokで話題になった「わせりん」時代を知っているファンからは「わせりんから岩瀬洋志まで成長を見守ってきた」「あの頃から応援してた」という声も。
長年のファンにとって、岩瀬さんの活躍は特別な喜びがあるようです。
医者を目指していたエピソードについては「友達とカラオケにも映画館にも行ったことがないくらい勉強してたっていうのが衝撃」「こんな過去があったなんて」という反応が多く、クールでスタイリッシュな現在の岩瀬さんとのギャップを楽しむコメントが目立ちます。
コロナ禍で高校生活の多くが制限されてしまったことについては「かわいそう」「ちゃんと青春させてあげたかった」という声も多く、当時の若者世代に対する同情と共感が集まっています。
目黒日本大学高等学校での同級生に奥平大兼さんがいたという情報については「最高の教師でまた共演してたの知らなかった」「高校からの縁があったんだ」と驚くファンも多くいます。
学歴・学生時代のエピソードが広く知られるにつれ、ますますファンが増えている岩瀬洋志さん。美貌だけでなく頭脳や努力という内面の魅力も評価されているようです。
岩瀬洋志の高校と学歴のまとめ
- 岩瀬洋志さんは2004年1月6日生まれ、兵庫県出身の俳優
- 出身中学校は雲雀丘学園中学校(偏差値55)が有力で、内部進学した可能性が高い
- 最初の高校は兵庫県宝塚市にある私立・雲雀丘学園高等学校(偏差値65の難関校)
- 高校1年の頃は医師を目指して猛勉強しており、友達とカラオケや映画に行ったことがなかったほど
- 文化祭の屋台が「唯一の思い出」と語るほど勉強中心の高校生活を送っていた
- 高校1年の秋、先輩が撮影した「駅のホームで電車を待っている動画」がTikTokでバズった
- 「わせりん」というあだ名でSNSフォロワーが17万人を超え、複数の芸能事務所からスカウト
- 一度は17万フォロワーのSNSを全削除し気持ちを整理、2020年8月に芸能事務所acaliと正式契約
- 芸能活動のため高校2年の2学期から東京の目黒日本大学高等学校の芸能コースへ転校
- 転校先の同級生には国本梨紗・奥平大兼などの俳優・女優がいた
- コロナ禍の影響で修学旅行もなくなり、高校生活の青春の多くが失われた世代
- 高校卒業後は大学に進学せず、俳優業に専念する道を選択
- 最初の芸名は「大杉侑暉(おおすぎゆうき)」で、2023年3月に本名「岩瀬洋志」に改名
- 2023年の「最高の教師」でブレイク、2024年には「タカラのびいどろ」で初主演を果たした
- マネージャーが語る推しポイントは「やると決めたことはとことんやる頑固さ」「天性のコミュ力の高さ」「礼儀正しさ」


