桑田真澄さんの家族構成、気になる方も多いのではないでしょうか。
元巨人のエースとして知られる桑田さんですが、次男のMattさんの活躍で近年は家族全体にも注目が集まっています。
実は父・桑田泰次さんの「リアル版の星一徹」エピソードや、姉の元夫が作った多額の借金を肩代わりしたエピソードなど、桑田家には驚きのエピソードが山盛りなんです。
・桑田真澄の妻・桑田真紀のプロフィールと馴れ初め
・長男・真樹と次男・Mattの経歴と現在の活動
・父・桑田泰次の壮絶な最期と弟・泉の成功ストーリー
桑田真澄の家族構成を完全まとめ!妻・子供・兄弟は?
桑田真澄さんといえば、巨人のエースとして輝かしい功績を残した元プロ野球選手ですよね。でも最近では、息子のMattさんの活躍もあって、家族全体にも注目が集まっています。この記事では、妻・子供・兄弟・両親と、桑田家の全体像をたっぷりお伝えします!
妻・真紀は元JALキャビンアテンダントの美女
桑田真澄さんの妻は、桑田真紀(くわた まき)さんという方です。
現役時代の桑田さんといえば、女癖の悪さやスキャンダルが週刊誌を賑わせていた時期もありましたが、真紀さんとの出会いが人生の転換点になったと言われています。
真紀さんの経歴をまとめると、結婚前はJAL(日本航空)のキャビンアテンダントとして勤務していた、バリバリのキャリアウーマンでした。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 桑田真紀(旧姓不明) |
| 職業(結婚前) | JALキャビンアテンダント |
| 結婚時期 | 1991年12月 |
| 国籍 | 日本人 |
| 現在の活動 | 次男Mattのマネージャー |
ちなみに、ネット上では「真紀さんはロシア人や中国人なのでは?」という外国人疑惑も流れていました。これは次男のMattさんがあまりにも日本人離れした容貌をしているため、「お母さんも外国人なんじゃないか」と思われたのがきっかけです。
でも実際は、桑田真紀さんはれっきとした純日本人です。Mattさんの見た目の変化はメイク(と整形疑惑)によるもので、両親の国籍とは全く関係ありませんでした。
現在の真紀さんは、Mattさんのマネージャーとしても活動中。2021年4月には著書「あなたはあなたのままでいい〜子どもの自己肯定感を育む桑田家の子育て〜」を出版し、Mattさんをありのままに育てた子育て論が話題を呼んでいます。
2022年10月には、Mattさんがゲスト出演した「週刊さんまとマツコ」に急遽同行してテレビ初顔出しを果たすと、明石家さんまさんやマツコ・デラックスさんが絶賛するほどの美貌が話題になりました。SNSでも「マスクしててもキレイなのわかる」「美しすぎる」と大反響でしたよ。
真紀さんはMattのマネージャーも兼任
Mattさんが芸能活動を本格化させてからは、真紀さん自身がマネージャーとして彼をサポートするスタイルを取っています。
with classのインタビューでは、真紀さんは「家族であり、チームであり、友人でもある関係」という言葉でMattさんとの絆を語っています。野球ファーストの桑田家にあって、Mattさんの「美しいもの」への感性を常に尊重してきたのが真紀さんだったんですね。
読んでいてこちらまで温かくなるような関係です。
妻との馴れ初めはエアロビクスセンター?
2人の出会いについては、実は2つの説があります。
ひとつは「エアロビクスセンター説」。2023年12月に放映された「週刊さんまとマツコ」で桑田さんご夫妻が語ったとされるもので、千葉県のエアロビクスセンターで偶然出会ったというエピソードです。当時、真紀さんはCAを目指して体力づくりのために通っていたとか。
もうひとつは「飛行機内でのナンパ説」。現役時代は移動に飛行機をよく使っていた桑田さんが、CA時代の真紀さんに声をかけたというものです。
どちらが本当なのかは正直なところ定かではありませんが、いずれにしても2人は運命的な出会いから愛を育み、1991年12月に結婚しました。
ちなみに桑田さんは当時、姉の元夫が作った多額の借金問題を抱えていた時期とも重なります。そんな困難な状況を承知の上で真紀さんは結婚を決意したわけで、相当な愛情と覚悟があったことがわかります。現在に至るまで離婚することなく、力を合わせてその借金を完済していることからも、2人の絆の深さがよく伝わってきますよね。
長男・真樹は独立リーグ野球選手からゴルファーへ
桑田真澄さんの長男は、桑田真樹(くわた まさき)さん。1992年8月10日生まれです。
父と同じ「真」の字が入った名前が示す通り、真樹さんは幼い頃から野球に情熱を注ぎ続けた、まさに「桑田真澄の息子」という生き方を選んだ長男でした。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年月日 | 1992年8月10日 |
| 出身校 | 桜美林高校 → 桜美林大学 |
| 中学時代 | ボーイズリーグで全国大会ベスト16 |
| プロ経歴 | 新潟アルビレックスBC → 信濃グランセローズ → 滋賀ユナイテッドBC |
| 通算成績 | 190試合 打率.227 本塁打8 打点60 |
| 引退 | 2018年 |
| 現在 | ゴルフに転向 |
中学時代はボーイズリーグで全国大会ベスト16という成績を残すなど、ジュニア時代は期待の星でした。その後、桜美林高校に進学しましたが甲子園への切符は掴めず、桜美林大学でも4年生になってようやくレギュラーを獲得したという苦労の経歴です。
そんな真樹さんが「それでもプロでやりたい」と選んだのが、NPBの独立リーグであるBCリーグへの挑戦でした。新潟アルビレックスBC、信濃グランセローズ、滋賀ユナイテッドBCと渡り歩きましたが、通算190試合 打率.227 本塁打8 打点60という成績で2018年に現役を引退しています。
これはなかなか厳しい数字ですが、それでも独立リーグとはいえプロとして球場に立ち続けたこと自体、並大抵の努力ではないですよね。
引退後の現在は野球からゴルフへと転向し、新たな道を歩んでいます。ちなみに弟・Mattさんもゴルファーを叔父に持つわけで、桑田家にはなぜかゴルフとの縁があるようです。
なお、真樹さんにとっての好きなプロ野球選手は「桑田真澄」(父)で、好きな芸能人は「Matt桑田(自分の弟)」というエピソードも伝わっています。家族愛がにじみ出るようなエピソードで、思わず微笑んでしまいますよね。
次男・Mattは整形?モデル・ミュージシャンとして活躍
次男のMatt(マット)さん、本名・桑田将司(くわた まさし)さんは1994年7月18日生まれです。
現在はモデル・タレント・ミュージシャン・リタッチメイクアップアーティスト・ブライダルタキシード&着物デザイナーと、多分野で活躍しています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 桑田将司(くわた まさし) |
| 生年月日 | 1994年7月18日 |
| 出身高校 | 堀越高校(吹奏楽部) |
| 出身大学 | 桜美林大学 芸術文化学群(楽器推薦) |
| 芸名 | Matt(またはMatt Rose) |
| 活動 | モデル・タレント・ミュージシャン・メイクアップアーティスト・デザイナー |
| 音楽デビュー | 2019年12月「予想もつかないStory」 |
Mattさんといえば、真っ白に塗ったメイクで話題の「マット化」ですよね。日本人離れした容貌から「ハーフなのでは?」という声もありますが、先述の通り両親はともに純日本人で、ご本人はメイクによるものだと主張しています。
正直、昔の写真と現在を見比べると「え、同一人物?」と二度見するほど変化が大きく、整形の可能性についても世間ではよく言われています。ただ本人が否定している以上、確定的なことは言えませんね。
Mattさんのこれまでの歩みを振り返ると、小学生の頃は父や兄と同じく野球をやっていたそう。でも「身体が汚れるのが嫌」「応援歌を歌うのが嫌」という理由で断念したというエピソードが、いかにもMattさんらしくて笑えます。
中学に進学してからは吹奏楽部に入部。堀越高校では「第52回東京都高等学校吹奏楽コンクール」で金賞を獲得するという実力派の一面も持っています。その後、楽器推薦で桜美林大学の芸術文化学群へ進学し、大学卒業後に芸能の世界へ踏み出しました。
Mattの音楽デビューと現在の活動
2019年12月、Mattさんは「予想もつかないStory」で正式に音楽デビューを果たしました。
その後2020年9月には2ndシングル「Unconditional Love」をリリース。音楽だけでなく、自身でプロデュースしたコスメブランド「Opé by Bé vie rosée」も手がけており、美の世界でも独自のビジネスを展開しています。
母・真紀さんは「ああ、Mattの『好き』を否定せず、応援してきてよかった」と語っており、幼少期から変わらずMattさんの個性を尊重し続けてきた桑田家の姿勢が、Mattさんの多才な活躍につながっているのかもしれませんね。
次男・Mattが野球を断念した意外な理由
前項で少し触れましたが、改めてMattさんが野球を辞めた理由について掘り下げてみます。
小学生の頃、桑田家の長男・真樹さんは完全な野球少年でした。父・真澄さんも当然のように息子たちに野球を教えていたわけですが、Mattさんはどうしても野球に馴染めなかったといいます。
断念した理由として語られているのが「身体が汚れるのが嫌だった」「応援歌を歌うのが嫌だった」というもの。また、「父と同じことをしたくなかった」という気持ちも強かったそうです。
知ったときびっくりしませんでしたか?あの桑田真澄さんの息子が、「泥が嫌」で野球を辞めたなんて。でも考えてみると、それこそがMattさんの個性の芽生えだったんでしょうね。
母・真紀さんも「常に野球ファーストだった我が家の中で、Mattが夢中になる『美しいもの』には私の感性にも響くものがあった」と著書で語っています。野球と無縁の感性を持つ次男を、無理に矯正しようとしなかった桑田家の懐の深さが光りますね。
ちなみに父・桑田真澄さんも、最初こそMattさんの変わりように驚いたものの、「自分が決めた道なら」と現在は全力で応援しているそうです。親子の関係は、今もとても良好だとのこと。
桑田家の家族仲と子育て方針
桑田家を一言で表すなら「野球ファーストの中にも個性を尊重する家庭」と言えるかもしれません。
父・桑田真澄さんは巨人の「背番号18」として20年以上活躍した伝説的なエースで、長男の真樹さんも野球一筋で生きてきました。一方で次男のMattさんは、全く別の美の世界で輝いています。
この全く異なる個性の2人の息子を両立させているのが、母・桑田真紀さんの存在です。
真紀さんが著書で語った子育ての軸は「あなたはあなたのままでいい」という言葉。自己肯定感を大切にしながら、子どもの「好き」を否定しないというスタンスが一貫しています。
夫婦仲については、姉の元夫が作った多額の借金問題(約13〜20億円とも言われる)があった時期も、離婚することなく二人で乗り越えてきました。年俸から少しずつ返済するという長期戦を、夫婦で力を合わせて完走したわけですから、これは相当な信頼関係ですよね。
2021年1月に桑田さんがジャイアンツのコーチとして15年ぶりに復帰した際も、家族全員が大騒ぎしつつも笑顔で喜んでいたそうです。桑田家は、まさに「家族であり、チームであり、友人でもある」絆で結ばれた一家と言えるでしょう。
桑田真澄の家族構成を調べる人向けの関連情報
妻・子供のことに加えて、桑田さんの両親や兄弟についても気になる方が多いと思います。両親・兄弟エピソードもかなり濃い内容なので、ぜひ読み進めてみてください!
父・桑田泰次はスパルタコーチ~2010年に火災で焼死
桑田さんの父親は、桑田泰次(くわた たいじ)さんという方です。
泰次さんといえば、そのスパルタ指導ぶりが語り草になっています。「僕よりも野球が好きな人」と桑田さん自身が表現するほど、野球に人生を捧げた人でした。
「リアル版の星一徹」とも呼ばれた泰次さんの指導法は、なかなかハードなものでした。
- 古タイヤをバットで叩いて腰を鍛える
- げんのうで五寸釘を木に打ち込んで手首を鍛える
- キャッチボールではミットを絶対に動かさず、コントロールを徹底的に鍛える
これが小学4年生から中学卒業まで続いたといいますから、相当な特訓だったことがわかります。野球のために学校を休ませることも日常茶飯事だったそうで、桑田さんは「給食を食べるためだけに小学校に登校する日もあった」と語っています。
ただ、性格的にはワンマンで激しい部分も強く、妻(桑田さんの母)は桑田さんがジャイアンツのドラフトに指名された直後に離婚を選択しています。
その後、泰次さんは大阪府八尾市から静岡県浜松市へ移り住み、喫茶店を経営しながら少年硬式野球チーム「浜松ジャイアンツボーイズ」を立ち上げました。最晩年まで野球への愛情を持ち続けた方だったんですね。
そして悲劇は突然やってきます。2010年1月17日、泰次さんの67歳の誕生日に、住居兼店舗で火災が発生。一酸化炭素中毒で倒れて焼死するという最期でした。
桑田さんは「最後にもう1度、キャッチボールがしたかった」と話していたといいます。この言葉には、スパルタ父への複雑な感情と、それでも深く愛していた親子の絆が詰まっているようで、読んでいて胸が締め付けられました。
現役時代に問題も起こしながら、それでも不屈の精神でグラウンドに立ち続けた桑田真澄さんの原点には、この父親の厳しい指導があったことは間違いないでしょう。
母親の「補欠でもいい」という言葉が桑田を救った
桑田さんの母親については、名前も写真も現在まで公表されていません。桑田さんがドラフト指名を受けた直後に離婚しており、メディアへの露出もほとんどなかったそうです。
ただ、その存在が「大投手・桑田真澄」を生んだとも言える、忘れられないエピソードがあります。
PL学園に進学した桑田さんは、入部早々に監督から投手失格の判定を受け、外野手への転向を命じられてしまいました。球拾いがメインの補欠生活に落ち込んだ桑田さんは、寮生活の中で誰にも弱音を吐けずにいたある日、練習見学にやってきた母親に打ち明けました。
「PL学園を辞めたい」
普段は優しい母親が、その時に返した言葉が——「補欠でも球拾いでもいいから、PLで野球を続けなさい」でした。
優しく励ましてもらえると思っていた息子を叱咤するその一言が、桑田さんを踏みとどまらせました。その後、臨時コーチの清水一夫さんに才能を見出されて投手に復帰し、高校1年の夏には甲子園制覇。歴史は大きく変わりました。
また別のエピソードとして、小学生の頃の桑田さんが父親のワンマンぶりに疲れ果てた母親に向かって「お母さん、それでも僕は野球がしたい。だから僕が、お母さんを養えるようになるまで待って」と語ったとも伝えられています。
名前も顔もわからない「母」の存在が、桑田真澄という投手を支えた大きな柱のひとつだったのです。
弟・桑田泉はゴルフのカリスマ講師として大成功
桑田真澄さんには、2歳年下の弟・桑田泉(くわた いずみ)さん(1969年11月25日生まれ)がいます。
実は泉さんも元々は野球少年でした。父・泰次さんの指導を受けながら腕を磨き、中学時代には日本選抜として世界大会で2度も優勝を果たすほどの実力の持ち主でした。
その後、PL学園高校の野球部へ進むも、兄・真澄さんの陰でベンチを温めることが多くなっていきます。青山学院大学卒業後は怪我などもあって野球を断念し、その後は単身アメリカへ渡ってゴルフを学ぶという決断をします。
2000年に帰国後はJGTOのツアーに参加してプロゴルファーとしてデビュー。2004年には日本プロゴルフ協会(JGPA)のティーチングプロになりました。
2007年には東京都町田市に大型室内ゴルフスクール「ゴルフアカデミーEAGLE 18」をオープン。独自に開発した「クォーター理論」はティーチングプロアワードの最優秀賞を受賞するほど注目を集め、現在では800人もの生徒を抱えるカリスマ指導者として業界に名前を知られています。
学生時代は「桑田真澄の弟」という肩書きに苦しんでいたという泉さん。それが、のちに兄・真澄さんから直接ゴルフのレッスンを依頼されたことで「ようやく対等に話せるようになった」と吐露しています。これはなんかいいですよね。レッスンする側とされる側が逆転した瞬間、長年の劣等感が消えたというのが、じんわりくるエピソードです。
クォーター理論
泉さんが開発した「クォーター理論」は、スイングをシンプルな動きに分解して効率よくゴルフを上達させる独自メソッドです。
これがティーチングプロアワードで最優秀賞を獲得したことで注目を集め、レッスン動画やDVDも好調。年商1億円とも報じられており、ゴルフ好きの中高年男性の間ではカリスマ的な存在になっています。
2013年には10歳年下の女医・千歳さんと結婚し、2015年には長女・唯心さんが誕生。私生活でも充実した日々を送っているようですね。
姉・美樹緒の元夫が作った多額の借金を肩代わり
桑田真澄さんは「3人姉弟の真ん中」で、上には姉・美樹緒(みきお)さんがいます。
ちなみに「美樹緒」という名前は、父・泰次さんが「ミッキーマウス」をもじって付けたそうです。なんともユニークなセンスですね。
この姉・美樹緒さんのエピソードで有名なのが、元夫が引き起こした多額の借金問題です。
美樹緒さんの元夫・Bさんが、桑田さんの名義を使って不動産投資を行い、それがバブル崩壊と重なって大失敗。13億円〜20億円とも言われる巨額の借金が桑田さんの名義に残ってしまいました。
これがちょうど1991年頃のこと。バブル崩壊直後のタイミングで、金利だけで年間9,000万円にのぼったというから、その重さは想像を絶します。
最終的に読売グループが肩代わりをしてくれたものの、あくまで「立て替え」であったため、桑田さんは年俸の中から少しずつ読売グループへ返済していくという形を取りました。この縛りがあったことで、長年夢だったメジャーリーグ挑戦も遅れたとも言われています。
自分ではなく、姉の元夫が作った借金を背負わされたわけですから、これはさすがに気の毒ですよね。それでも妻・真紀さんと力を合わせて完済したというのですから、桑田さんの責任感と夫婦の絆の強さが伝わってきます。
桑田真澄の家族構成のまとめ
- 桑田真澄は1968年4月1日生まれ、大阪府八尾市出身の元プロ野球選手(巨人のエース)
- 妻・桑田真紀さんは結婚前にJALのキャビンアテンダントとして勤務していた才色兼備な人物
- 結婚時期は1991年12月で、夫婦仲は現在も非常に良好
- 真紀さんは現在、次男MattのマネージャーとしてMattの活動を支えている
- 真紀さんは2021年4月に「あなたはあなたのままでいい」という著書を出版した
- 長男・桑田真樹さんは1992年8月10日生まれ。野球をBCリーグで経験した後、ゴルフへ転向
- 次男・Matt(桑田将司)さんは1994年7月18日生まれで、モデル・タレント・ミュージシャンとして活躍中
- Mattさんは堀越高校の吹奏楽部出身、桜美林大学芸術文化学群を楽器推薦で卒業
- Mattさんは2019年12月に「予想もつかないStory」で音楽デビューを果たした
- 父・桑田泰次さんは容赦ないスパルタ指導で知られ、「リアル版の星一徹」と呼ばれた
- 父・泰次さんは2010年1月17日、67歳の誕生日に実家の火災で焼死という悲劇的な最期を迎えた
- 母親は名前・顔ともに非公表。桑田さんがドラフト指名を受けた直後に父と離婚した
- 母親の「補欠でもいいからPLで続けなさい」という言葉が大投手・桑田真澄を生んだ
- 弟・桑田泉さんはゴルフのティーチングプロ。「クォーター理論」で名を馳せ、800人の生徒を持つカリスマ指導者
- 姉・美樹緒さんの元夫が作った13〜20億円の借金を桑田さんが肩代わりし、妻・真紀さんと共に完済した


